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予言者 | 第2話 | 予言者の誕生

 アカネと僕のデートは、思わぬ展開になった。

「アカネ、今日はいろいろありがとう。途中から変な感じになっちゃったけど」

「いや、そんなことないよ。こういう経験ってなかなかできるモノじゃないから。遅くなっちゃったし、私は悪いけど帰ろうかな」

 僕はアカネともう少し一緒にいたかった。今日はせめてキスまで行きたかったけど、そういう雰囲気ではなかった。

「ひとつ聞いてもいいかな?」

「なに?次のデートのこと?」

「まぁ、そうね、デートと言えばデートのことだけど」

「今度はどこへ行こうか?」

「ユウキの部屋に行きたい。部屋で一緒にカナコさんのこと調べようよ」

「一緒に調べるのがデート?」

「私は邪魔かな?」

「そんなことないよ。アカネから調べ方の示唆をもらうと助かる」

「じゃあ、決まりね。あっ、そうそう、さっき言いかけたんだけど、例えば、カナコさんの映像からコウセイさんの映像に飛ぶことはできる?」

「というと?」

「ユウキはカナコさんの過去の映像を思い浮かべることができるでしょ。そのときに、コウセイさんっていう男が映り込んできた。まだ会ったことはないけど、コウセイさんの過去も探ることはできるのかな、と思って」

「どうだろう?今までそんなこと、考えたことがなかったから」

「そっかぁ、じゃあやってみる価値はあるわね」

「もう少し」

「もう少し?」

「一緒にいたい」

「今日は帰るね」

 意外と女の子ってアッサリと帰ってしまうんだな。でも、少し疲れたし、次のデートの約束もできたし仕方ないか。

「ねぇ、ユウキ、ちょっと思い出したんだけど」

 アカネは僕のもとに近づいた。

「あっ」

 アカネは僕の口唇にキスをした。突然のことだったが、アカネの柔らかな口唇の感触が伝わった。

「じゃあ、私は帰るね」


 アカネが僕の視界から消えるまで、姿を見送ったあと、僕は家路についた。まだ、アカネの口唇の感触が残っている。変なデートになってしまったが、僕は満足していた。

 家に着き、風呂から出てホッと落ち着くと、カナコさんのことが気になり出した。さっき突然途切れてしまった場面から、もう一度探ることにした。今度は、コウセイさんが思い浮かんだら、コウセイさんの過去を探れるのかどうか確かめるために。

 カナコさんの3年前の映像が再び脳裏のスクリーンに映し出された。さっきと全く同じ場面だ。途中から、コウセイさんの過去に飛ぶことはできるだろうか?



「カナコはオレのこと、生きてる男の中では一番好きか?」

 僕は脳内に映し出されたコウセイさんを凝視した。今だ!

 どこをタップしたか僕にも分からなかった。今僕の脳裏にはコウセイさんが黒い服を着ている様子が映し出された。

 喪服か?コウセイさんが全身黒づくめの姿で現れた。


 モーニングを着たコウセイさんは、どうやらこれから葬儀場へ向かうところだった。亡くなったのは、どうやらコウセイさんのお父様らしい。

 挨拶を済ませたあと、棺桶の前で最後のお別れをして、バスに乗り込んだ。最初、僕は気が付かなかったが、その時、コウセイさんのとなりに座ったのは、カナコさんだった。

 火葬場に着き、火葬が終わるまでの間、そこに集まった人たちは葬式の時とはうって変わって、だいぶリラックスしているようだ。


「カナコ、ちょっといいかな?」

 時間の合間をぬって、コウセイさんがカナコさんを呼び止めた。

「こんなときに聞くことじゃないかもしれないけど、カナコの一番好きだった男の子は、どうして死んでしまったのかな、とずっと気になっていて」

 沈黙のあと、カナコさんはゆっくり話し始めた。

「もう思い出したくない記憶だから」

「悲しい記憶を思い出させてしまって悪かったね」

「いいの。逆の立場だったら気になるだろうから」

「話してもいいっていう気持ちになるまで待っているよ」

 再び沈黙がつづいた。カナコさんはフッ~と息を吐いたあと、話し始めた。

「コウセイ、もし私が一番好きだった男の子の死に、深く関係しているとしたらどうする?私と別れる?」

「えっ?」
コウセイさんが驚きの表情を浮かべた。

「もし、私が男の子の死に、深く関与していたら、どうする?それでもお付き合いをつづけてくれる?」

 コウセイさんは深いため息をついた。
「どういう事情なのかに依る。カナコが直接手をくだして、男の子の命を奪ったのなら、悪いけど付き合いはつづけられない」

「そうよね。殺人経験のある女となんて、付き合えないわよね」

「殺しちゃったのか?」

「わからない。直接手をくだしたわけじゃないけど、もしかしたら私のせいで…」


 気がついたら、夜が明けていた。僕はどうやら、肝心なところで眠ってしまったようだ。
 過去を探るという作業は、思いのほか神経をすり減らすらしい。再生される映像をずっと見続けることは、長い長い映画を見ることに似ているのだ。

 どんなに面白い映画であったとしても、何時間も集中して見続けることができないのと同じである。しかも、「脳内スクリーン」に映し出されるものは、いつクライマックスが待っているのか分からないものである。ほとんどの場面では、何事も起こらない平凡な光景がつづく。

 途中でストップしたり、少し先や少し後に「飛ぶ」ことできるが、早送りすることはできない。たまたま飛んだところで核心をつく場面に出会えればよいのだが、そういう都合のよいことはできない。
 脳内スクリーンに現れた「点」と「点」を繋ぎながら推測したり、どこらへんの場面に飛べばいいのかと考えなければならない。

 僕は相当疲れていたのだった。


 数日後、アカネから連絡があった。僕の部屋で「デート」したいと。

「それで、青い服のお姉さんの謎はどうなった?」

「結論を先に言うと、ますます謎が増えてしまったんだ」

「どういうこと?」

「この前、アカネと別れたあと、コウセイさんの過去へ飛んでみたんだけど」

 僕はかいつまんで、僕が見たコウセイさんのことについて伝えた。

「つまり、カナコさんとコウセイは付き合っていた。けれども、カナコさんには『一番好きな男の子』がいた。けれどもその男の子は死んでしまった。その死にカナコさんは何らかの関係がある、ということね」

「そう。そこまでわかったところで、僕は疲労して眠ってしまったんだ」

「過去を探るのは、けっこう体力を使うものなのね。ひとりの人の過去を探ることは重労働なのね」

「そうだね。人生の中で起こることなんて、ほとんどが平凡なことだね。おおざっぱに言えば、人生の3分の1は眠っているわけだし」

「決定的な人生の転機はいつだったのか、というのは、もしかしたら、本人にも分かっていないかもしれない。まして、他人が調べることは…」

「難しい」

「運もあるわね。たまたま見た断片が決定的に大切な瞬間ということもあるけれど。その『決定的瞬間』に遭遇するのはたいへんなのね」


 しばらく沈黙がつづいた。

「ユウキの体力的なことを考えると、アレもコレも調べるわけにはいかないのね」

「そうだね。こんなに長く人の過去を探ったことがなかったから、なおさら」

「ユウキって、ずいぶん控えめな性格だよね。私がユウキみたいな能力があったら、いろんな人の過去を探りまくるんだけど。私みたいにうるさい女がいないと、自分の超能力を積極的に使おうという気持ちがないんだから」

「そういう考え方もあるんだ。僕はあまり人の過去を根掘り葉掘り探りたいという気持ちは強くないんだ」

「もったいないって思うけど、ユウキのそういう優しいところ、私スキだよ」


「思ったんだけど、男の子がもし本当にカナコさんが原因で死んでいるのなら、当時の新聞とかを調べれば、ある程度、事件の日時は確定できるかもしれない。だから、私は…」

「私は?」

「私は、私がユウキだったら、過去じゃなくて、未来に飛んでみようと考える」

「未来の映像を見る?」

「そう、未来の映像。未来から見れば現在は過去。いちいち過去に遡って調べなくても現在起こっていることがよく分かるような気がするの。今までの話の流れだと、ユウキは人の未来を見ようと思ったことはないんでしょ?」

 図星だった。未来を覗こうなんて、僕はまったく考えたことがなかった。

「どうやら、図星だったみたいね。何年か先のコウセイさんやカナコさんの未来を探ってみたら?」

「未来の映像か。考えたこともなかったよ。でもやってみないと未来が見えるかどうか分からない」

「無理しないでね。そんなに急ぐ必要はないから」

「無理はしない。でもせっかくアカネも一緒にいるから、今、チャレンジしてみるよ」

「ヤバいと思ったら、なにも分からなくてもいいから、すぐに戻ってきてね」

「ありがとう、アカネ…」


 僕はカナコさんを思い浮かべた。僕の脳内スクリーンにカナコさんのアイコンが並んでいる。
 今までは左側、つまり過去のアイコンしかタップしたことがなかった。今回は右側へスクロールしてみた。

あった!

 どうやらカナコさんの3年先の未来まで覗くことが出来そうである。


「ユウキ、ユウキ」

 アカネの声が聞こえた。

「これから、未来を覗くところだったんだけど」

「ごめんね。いまユウキ、すごく恐い表情をしていたから、私のほうが怖くなってしまって」

「僕は、そんなに恐い顔をしていたのかい?」

「うん。夜叉のような」

「僕にはそんな意識はまったくなかったのだけど」

「ごめんね。本当に恐い顔をしていたの。でも、やっぱり見えたんだね、未来が…」

「うん、見えた。3年先まで見ることが出来そうだよ」

「恐い顔は、予言者誕生の瞬間だったのかもしれないわね」

 予言者の誕生か。僕は禁断の領域に足を踏み入れたのかもしれない。


予言者 | 第2話 | 予言者の誕生 
終わり。

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