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エッセイ | 一本の毛に注ぐ愛情

 それは最も幸福な時代であった。そして、最も不幸な時代でもあった。
 それは最も喜びの多い時代であった。そして、最も悲しみの多い時代でもあった。
 いずれにせよ、最上級でなければ、およそ語ることのできない時代であった。


 一本の毛と言っても、頭髪のことではない。だから、波平もオバケのQ太郎も関係ない。私のアタマは染めなければおそらく真っ白だが、お陰様でフサフサである。

 それはともかく、何年か前から我が左腕に長い「腕毛」(うでげ、arm hair)が一本生えるようになった。
 はじめてその存在に気がついたのは、泳いでいるときであった。クロールの入水角度を確認しようとしたとき、コインロッカーのゴム付きの鍵を巻いたちょっと上のところに、一本糸屑のようなものを見つけた。壁まで泳いで、目視したら、5~6センチくらいの白髪の腕毛であった。

「今の今まで気がつかなかったよ。よく抜けないで伸びたね」と心の中で、腕毛に語りかけた。無論、プールを出て体を拭う時には、抜けないように、細心の注意を払った。

 家に帰って、ちょっとだけ引っ張ってみたが、意外と毛根が強い。多少雑に扱っても抜けそうにない。伸ばせるだけ伸ばしてやろう。20センチくらいまで育ったら面白いではないか?

 しかし、いつか抜けるだろう。気がつかないうちに抜けてしまったら、ガッカリすることは目に見えている。プールで腕毛を発見してから1ヶ月後、私は一本の腕毛を抜く苦渋の決断を下した。

 一応記念として、長さを測定してみた。7.5cmあった。

 抜いた毛は、とっておこうかどうか、おおいに迷ったのであるが、捨てる決心をした。一期一会というのも悪くはないだろうと思って。

 去るもの日々に疎し。
Out of sight, out of mind.
しばらくしたら、腕毛一本のことなど、きれいに忘れていた。

 苦渋の決断を下してから、およそ半年後、プールで泳いでいるとき、またもや同一の場所に腕毛が一本生えていた!別人(別毛、べつもう)に違いないが、私は白髪の腕毛と久闊を叙した。

「お久しぶりです。その節は引っこ抜いてしまい、申し訳ありませんでした」

 結局また、二代目のロング腕毛(extremely long arm hair approximately as long as 8 centimeter)も抜いてしまった。
現在、私の左手には、五代目の腕毛が生えている。今現在、4cmくらいである。もう少し伸ばしたら、また、たぶん抜きたくなるのだろう。
 江戸時代の将軍のように、15代目までつづくだろうか?

腕毛時代(2016年頃~)。とりあえず、平成、令和とつづいている。


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