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夢野久作『けむりを吐かぬ煙突』を読んで

些細な違和感を捨て置くことはできるだろうか?

人には誰しも「別の顔」がある。

本作の主人公と思しき男性は大手新聞社の外交部に勤めているが、何かしらの「スキャンダル」をネタに富裕層を恐喝する悪徳記者の顔も持つ。

さて、そんな彼が目をつけたのはさる伯爵の未亡人。果たして記者は彼女から上手く富を掠めとることができるのか?

未亡人となった南堂夫人。
彼女は自らの寝室を図書館に改造し、その部屋の屋根に煙突をつけた。

その煙突は赤煉瓦を積んだだけの簡素なもので、いかにもお洒落な屋敷とはあまり調和がとれておらず記者の目に留まる。

私はズット前から、この煙突の正体を怪しんでいた。……と言うのは、この煙突が出来てから、ひと冬越した翌年の春になっても、煙を吐いた形跡がなかったからであった。

この「ズット」とか、他には「チャント」とか夢野久作の独特のカナ表記が癖になる。(別の箇所だが)理想化、と書いて「リファイン」とルビを振るセンスもたまらない。

……話を戻そう。

人の家の煙突が煙を吐くかどうかなんて、そんなに気になるだろうか?
こんな些細な違和感から家政婦を懐柔して聞き込みを始める行動力がすごい。

家政婦から、未亡人が乱行の限りを尽くしていると聞きだした記者は「脅しのネタが出来た」とにんまり。

この時点では「乱行」……ははぁ、いろんな殿方と枕を交わしているのね、くらいにしか私は思わなかった。(その場合だけなら「行」ではなく「交」のほうが正しいのかもしれない、と後で気づくことになるのだが)

ある日、未亡人の不動産が担保に入るという話が記者のもとに飛び込んでくる。リークだ。
彼女は金銭トラブルでも抱えているのだろうか?

ゆさぶりをかけようと記者が「匿名」で彼女に手紙をしたためたところ……ある朝、彼の家の電話が鳴った。

「……あの……お手紙ありがとう御座いました。今夜の十二時半キッカリに自宅の裏門でお目にかかりましょう。おわかりになりまして……今夜の十二時半……わたくしの家の裏門……」

なんとも品の良さそうな、それでいてなんとはなく薄気味悪い感じの表現が巧み。か弱そうな女性の声で脳内再生された。

しかし手紙は匿名で出したはずなのに。
なぜ記者が差出人だと分かったのか? 
この時点でなんだか怖い。

約束の夜。
乱行の話をもみ消す(=記者のスキャンダル誌自体を廃刊する)ための金銭的な交渉がつつがなく行われ、記者の言い値にさらに上乗せして夫人は応じた。

電話の印象とは裏腹に、豪胆でかっこいい女性だと思った。

一方で、記者は別の金儲け方法に思索をめぐらせていた。

上乗せされたお金を受け取ったあとのこと。
記者は「おまけの話」と称して、夫人の愛人の1人から受け取っていた「包み」について語りはじめる。

オホホホホ、わかりましたわ。あの家政婦からお聞きになったのでしょう。説明なさらなくともいいのよ。白状して上げるから待ってらっしゃい。

少し「ゾンザイ」で強気な物言いをする夫人からは、か弱さはみじんも感じられない。

包みの中身は……十数人分の少年たちの何か、と言うに留めておこう。

図書館と称していた場所は夫人の秘密の享楽の部屋であり、煙突は古井戸に繋がっていたことが判明。

ここで『ひぐらしのなく頃に』の園崎家の地下牢をなんとなく思い出し、私のドキドキはピークに。

煙突の口に重い蓋をピッシリと閉め、少年たちを「いい処へ旅立たしてやったんです……オホホホホ」と笑う夫人の怖いこと、怖いこと。


彼女の「別の顔」を知ってしまった記者は短剣を渡され、夫人の意のままに動いてしまう。

記者が夫人を恐喝しに来たはずが、いつの間にやら形勢逆転である。

火のないところに煙は立たぬ、とは言うが煙が立たない煙突の秘密を覗きこんだ男の末路はいかに?

彼が煙のように無事消えおおせられたかどうかは「誰も」知らない。

(引用元)
『少女地獄』より
夢野久作『けむりを吐かぬ煙突』,角川文庫(1976).

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