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歌の物語#53 : 「傘がない:井上陽水さん、マインドフルネス、カント哲学の共通性」 <ー 独特の解釈

今回は「傘がない:井上陽水さん、マインドフルネス、カント哲学の共通性」について取り上げます。

さて、「傘がない:井上陽水さん、マインドフルネス、カント哲学の共通性」の組み合わせ?

なんだそれは~

と思うかもしれませんが、個人的には通じるところがあると思います。

一言では: ぐちゃ、ぐちゃ考えるよりも目の前の問題を解決しながら前進しましょう。

ということですね。

なぜか?

「傘がない(井上陽水さん曰く)」: 歌詞では「都会では、自殺する若者が増えている」でも「傘がない」 つまり大きな社会問題があったとしても、今日これからデートなのに雨が降っているが、なんと傘がない! どうしょう? つまり、目の前の問題を解決しなくては、社会の問題もへったくれもない。

「カント哲学」: 「認識できないものは知り得ない」とおっしゃっていますが、この一発で数百年の哲学業界がかわりました。 たとえば、古代ギリシャ時代はいいとしても、キリストさん誕生以来神論争、いるとかいないとか? の論争よりももっと目の前の問題を解決しましょうよ~

つまるところ「神を認識することができない、いるかも知れないし、いないかもしれない」認識ができないので、両方否定できない。 それに時間をかけるより、とりあえず認識できることに時間をつかいましょうよ~

これは、相当凄いことでした。

従い、世間では

「カント以前の哲学はすべてカントに流れ込み、カント以後の哲学はカントから流れ出る」

と言われています。

「マインドフルネス」: マインドフルネスとは、瞑想や呼吸法を通じて、今この瞬間に意識を集中することで、心を落ち着かせ、ストレスや不安を軽減し、感情や思考に対して客観的に向き合うことができる心理的な状態のことを指します。

ということは、やはり目の前の問題を解決しましょうが優先にて、井上陽水さんの「傘がない」とカントさんの「認識できないものは知り得ない(目の前のことに取りくもう)」の考え方に通じている気がします。

どうでよう?

世の中、単純化するのが良いと思います。

そう思って、井上陽水さんの「傘がない」をいつも聴いています。

みなさんは、どうですか?

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