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オフィス街のお弁当はいくらですか

本当は“福岡のオフィス街弁当がコスパ最強すぎて神な件”みたいなタイトルをつけたらいいのか?と一瞬思いつつ、いやちょっとまてそれわたしの口調じゃないわー、と思って迷わずやめる。

だが思わずそんなタイトルをつけてもいいんじゃないかと考えてしまうくらい、このときの私は感動していた。

* * *

まず、オフィス街弁当という勝手な造語、伝わるだろうか。

日本の、それなりに大きなオフィス街で働いた経験のある方ならばご存知であろう。平日の昼間、ランチタイムになるとビルの狭間であちこちに出現する、あのお弁当屋さんたち。その路上販売のお弁当を、ここでは勝手に「オフィス街弁当」と呼んでいる。

わたしも学生のときまではその存在に馴染みがなかったが、社会人になって数年は東京のザ・オフィス街で働いていたので、かなりの頻度でお世話になっていた。

ちなみに、この記憶はかなり昔のものなので、今は状況が変わっているかもしれないが、当時の相場はだいたい500円。ワンコインで買えてお手軽、というのが一般的だったと思う。

* * *

そして先日、わたしは、福岡へ引っ越してきてはじめて、オフィス街弁当を買った。

数年前から福岡に暮らしていて、なぜ初めてなのかといえば、ひとえにそのライフスタイルに縁がなかったからである。妊娠中や産後はほとんど家にひきこもっていたから、平日昼間のオフィス街で、だれかと外食するならともかく、お弁当を買うことはまずない。

ところが最近はコワーキングスペースに出入りするようになり、ランチに困ることになった。たまには美味しい外食もいいが、毎日ではコストがかさむ。しばらくは最寄りのコンビニでしかたなく済ませていた。

そんな折、少しずつ足を伸ばして散策していたら、見つけたのだ。

ああ、なつかしの!オフィス街弁当屋さん。

わたしが見つけたスポットでは、3組の弁当屋さんが絶妙な距離をとって点々と並び、路上販売を行っていた。

うーん。どこで買うべきか。本当なら一店ずつ首を突っ込んでメニューを吟味したいが、こういうところは一度近寄ったら最後、そのお店で買わなきゃいけない気分になってしまうことを知っている(別にそんなことない)。

さていかにすべし、と、少し離れたところからゆーっくり歩いて迷っていたら、目の前のビルからOLさんらしき女性二人組が歩いてきて、迷いのない足どりで一番はじのお弁当屋さんのところへ行き、言葉を交わしてお弁当を買っていった。流れるような行動に、常連さんと察する。

よし、これだ!とわかりやすく流されて、そのお弁当屋さんのもとへ。

店「こんにちはー」

私「こんにちはー」

店「今日は日替わりが肉じゃがコロッケで、280円ですね

私「・・・」

店「(この客、肉じゃがコロッケはピンときてないな)こっちは400円で、肉じゃがコロッケとサバの塩焼きが入ってます」

私「・・・あー、はい」

店「(なんだーこっちもピンときてないみたいね)あとは、こっちがアジフライ弁当ですね」

私「・・・あっ、アジフライがいいです!」

店「はい」

私「いくらですか?」

店「280円ですー」

* * *

無言返しが多く無愛想なお客に思われたかもしれないが、わたしは、静かに感動していたのである。衝撃と感動で、ことばを失っていたのだ。

最初に、肉じゃがコロッケ弁当はこちらですと言われて指し示されたのは、普通のオフィス弁当だった。それはつまり、私の中の感覚では、とりあえず日本では500円で販売されているだろうお弁当だったのである。

そこをあまりにさらりと、ごく当然のように280円ですと言われたものだから、絶句してしまったのだ。おお、まじですか・・・。ここ日本ですよね。

その衝撃で、その後のやりとりがやや寡黙になってしまったことを、ひととしてちょっぴり反省している。

* * *

私「(あ、小銭がないな)すいません、500円でも大丈夫ですか?」

店「大丈夫ですよ〜。はい、220円のお返しです(チャリン)」

私「はい、どうも・・・(すごいよ、500円でこんなにおつりが返ってきてしまった)

さらに去り際。

店「あ、雑穀米でよかったですか?」

私「あ、はい!(この値段で雑穀と白米も選べるのか!まじかよ!)」

* * *

いそいそとコワーキングスペースに帰り、お弁当をいただく。

あ、一応記録用に写真も。

雑穀米に梅干し、れんこんのきんぴら、アジフライ2切れ、ナポリタンひとくち、きゅうりの柴漬け。

確かに、決してボリュームは多くない。味もいたって普通の、よくあるお弁当な感じである。

でも、コンビニでは、工場製の同じようなボリュームのものが、450円とか500円とかで売っている。いつもその中から、あんまり食べたくないけどなぁと思いつつしぶしぶ選んでいた身としては、このボリュームがこの価格で買えて、しかも雑穀米も選べたなんて…というだけで、感動に心が震える。

日々のランニングコストともいえるオフィス街弁当に求められるものは、とてつもなく美味しい!というより、コストと量と味のバランスなのだと思う。本当に美味しいもの食べたいときは外食するし。

もちろん完食。女性ならばおなかいっぱい、という感じだ。

心身ともにほくほくと満たされて、大満足であった。

* * *

ちなみに、この話を書くにあたってオフィス街弁当についてちょっと調べていたら、2015年の10月から、東京の路上販売の規制が厳しくなったという。その直前当時のニュース記事を見ると、「東京で路上販売の弁当が消える…?!」とうたっている。なんと。

いくつか、食品衛生管理上の条件を徹底すれば販売はできるようなので、もうとっくに皆そこに対応して、いまも変わらず販売はつづいているのだろうか。東京のオフィス街のランチタイムは遠ざかって久しい、浦島状態のわたし。これを読んでいるどなたか、気が向いたら教えていただけると嬉しい。

* * *

数日前のnoteで、こんなことを書いた。

福岡で心が動いたひとやお店やイベントなんかに出会ったとき、それを写真やエッセイ調の文章で伝える、ということができるなら、わたしの場合はそれ自体が大きなモチベーションになる。

これまであえて、書こうとしていなかった福岡界隈のことを、「あー、書いてもいっかー」とフタを開けてみたら、けっこうたくさん、書いてみたいことあるなぁ、と気づいた。

原則として、自分の心が動いたときにしか書かない(とくに心が動かないものを、無理に紹介したりはしない)というのを大切にしよう、と思っているのだが、心が動く、というのもけっこういろんなベクトルがある。

今回みたいな「安い!」は、当初はあまり想定していなかったけれど、確かに深く心が動いたのは事実なので、書いてみた。

『福岡で心を動かされたヒトモノコト帳』。いろんなベクトルで、ぽつぽつ、記事がたまってゆけばいいなぁと思います。

(おわり)

P.S.ちなみに後日、隣のお弁当屋さんを見たら400円だった。夫に話してみると「280円は一番安い方!」とのこと。それでもやっぱり、その選択肢が存在するということ自体がいいなぁ、と思ったのでした。しかも今日同じところでお弁当買ったら、即席味噌汁までついてきた。はー、やるなぁ。

自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。