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源流をたどる(詩集『源流のある町』)

草間です。
今回は、わたしの第二詩集『源流のある町』についてご紹介します。

これまで、いくつかの詩集を発表しています。
まずは現代詩手帖へ投稿していた頃の入選作をまとめた『てのひらに冒険』(私家版)、資生堂の季刊誌『花椿』から派生した「ウェブ花椿」の「今月の詩」に選ばれ、後の読者投票で一位となった際に刊行いただいた小詩集『ビオトープ』、そして、第27回詩と思想新人賞受賞の副賞として刊行いただいた『あの日、水の森で』。
こちらはありがたいことに、第71回H氏賞の候補詩集となりました。

私家版のものは在庫はないのですが、他の二冊は以下からご覧いただくことができます。

  • 『ビオトープ』(資生堂花椿文庫)※花椿バックナンバーから購入可能

  • 『あの日、水の森で』(土曜美術社出版販売)

源流のある町』は、第二詩集となります。
好きな詩集をたくさん出されている出版社・七月堂さんでつくってもらいました。

町のたたずまいやそこで暮らす/暮らした人々の息吹をテーマに、行分け詩・散文詩など18の詩篇をおさめています。

先日の記事でご紹介した、映画監督の宮嶋風花さん×Poetic Mica Dropsのポエトリーフィルム「あなたを探しています」の元となった「もうずっと前から」という詩も、こちらの詩集にあります。

わたしが住む町には川が流れており、しばらく辿ると一級河川と合流し、湾へ注ぎます。どうやら源流は町にほど近いとある公園の片隅にあるらしいと聞き、川沿いに道を辿っていったことがはじまりでした。

ただ源流を見てみたいという気持ちだけで、その年の秋の週末すべてを使い、すこしずつ川を遡り、源流へと向かいました。小さい子どもを連れており、我が家には車もなく、わたしは自転車にも乗れなかったので、本当にすこしずつ、ゆっくりと歩きながら。
なぜこんなにも源流に魅せられたのかわかりませんが、その時に歩きながら考えたことや、その地域で起きた事件、歴史、そして自分の源流である生まれ育った団地の町や現在の仕事のことなど、ぽつぽつと作品が生まれていったのでした。

ようやく源流へ辿り着いたのはもう秋も終わりに差し掛かる11月のよく晴れて冷える日曜日で、小さな岩場から湧く水を見つめ、特に他にすることもなく帰りました。

源流を暴いたからといって何かが大きく変わるということはなく、思えばその営み自体に目を向ける旅だったのではないかと今では思います。

表題作「源流のある町」は、川を辿る週末ごとに一連を書いていった長い作品。前橋ポエトリーフェスティバル2022ではじめて発表しました。

ミュージシャン・Rinnさんとのコラボレーションで、Rinnさんがこの詩をもとに素敵な曲「春のこども」を作曲し、のびやかに歌ってくださいました!

最後に、少し長いですが、表題詩全文をご紹介します。

源流のある町

実生の葱に
ようこそ、と声をかける子ども
姉の子どもは数人いるが
実在するのはこのひとり
勢いよく鉢に水をやる
流されてゆく芽もあるところは
人とおなじだ
「どうして」と誰も言わないだけ
土が水を吸うささめき
水が土を通るさざめき
わたしたちにも川は流れているのに
末端の支流まで水は迸るのに
聞こえないね、なにも
手を合わせても 頬を寄せても
耳をふさぐと川の音がする
きみの水域とは混じり合うことのない

「わたしたちの町には源流があります」
広場の大木 根こそぎ倒れた
「山を切り出した人工の平地では 木の根が弱いのです」
人が造ったものは
拙くて切実で儚い
モルタル、植林、安全柵
「泉は人工物に囲まれています」
「わたしたちは 人と人との人工物です」
(星とコンクリートの違いがわかる?)
わたしたちの町には源流があって
夜を照らすコインパーキングがあって
切実で儚いものが流れてゆく

「目の前の尺度で未来を測るから
いつまでも明日が来ない
スマートデバイス 光ったって
資源は掘り尽くしてしまうし
宿題は終わらないだろう
ご覧、園児の列だよ
黄色い帽子で記号化されたナンセンスな数列?
むしろ書きかけの書物だ
きみも それからぼくもね」
ふり返らない園児
きみは句点のように靴を脱いでしまう

言い訳ばかりだった ひまわり
朝の膿んだ道を ひまわり うつむいて
ゆるす ゆるさない すこしだけゆるす
こんなパズルはもうやめたい
そつなくこなしたふりをして
そうやってうそぶいて
ひまわり
なりたいものにいつまでもなれない
わたしの文字列は潔くない
ひまわり ひまわり
ひまわり 鉄塔だ
遠くにあるからおまえらより低い

白い機体が旋回する
列をはずれた園児がひとり見上げる
姉の子の名まえを呼ぶと
黄色い帽子がふり返った
「不明機だよ、」

晴れマークの天気図の隅で
気象予報士は局地的な雷雨の話をした
冠水した鋪道もまた 局地的な湖
駅へ向かう男女も
うつむいた若者も
手をつなぐ親子も
湖面の空へ見えない虹をかけ
裾を濡らして駆けてゆく
それぞれのかかと
それぞれのさざなみ

『落ち葉の清掃 そして 焼き芋のご案内』
この接続詞がよい
いらないものを省く時代
手放す痛みにはもう慣れた?
稼げる土地かと言われれば
どちらかと言うと そうではない
土には関わりのない話だ
稼げる人かと問われれば
そうでもないが
やはり関わりのない話
雨あがり
霧を吹く木々
湿った枯れ葉を抱いては放った
省かれない無駄
持続可能な
手づかみの森のよいかおり
そして

与えられるものに固執しすぎていた
くらぐらと冷たい岩陰から音もなく真水は湧き
源流をたどればなにかが変わるはずだと
すがるように歩いてきたわたしたちは
コインパーキングの自動販売機で買った
一番安い缶コーヒーをすする
「なにかを簡単に塗り替えてしまう感情なんて嘘っぱちだ」
きみは力いっぱい空き缶を投げ、
缶は夕映えにうつくしい放物線をひゅっと描き、
それから草むらに落ちた空き缶を
背中を丸め小走りで拾いに行った
うつくしい瞬間だけをつないで生きてゆけたらいいのに
「ねぇ、沢蟹がいる!」
辛く名もない時間のなかで稀に見る
みじかい祈りに似た室内光
幼いうたた寝のような一瞬を
「……鋏しかない」
「きっと、からだは食われたんだ」
(この泉には化け物が棲んでる)
耳打ちするきみの声をはくぐもって遠く
いつだって きみは すこしだけ遠いね
声をひそめ
透明な化け物に問いかける
「よろこびに かなしみが縫い合わされているのは なぜ」

透けたブラウスをはためかせ
土手に腰を下ろした姉は
巨大なサンドイッチにかぶりつくところだった
どうしたの、
声をかけると
「憶測をはたらかせて絶望するのはやめたの」
毅然とした態度でピクルスを齧る
どう?
と聞くので
いいと思う、
答えると
でしょ、と鼻を鳴らし
がぶがぶとサンドイッチを平らげてしまった
実在の子どもを連れていない姉は
何かが足りないように見えたが
足りないものは目につきやすく
目の前にあるものは
常にあるものとして扱われる
不思議だ
誰もここに川が流れていることを疑わない
春だから 春だから 春だから
けだるい風

『源流のある町』(草間小鳥子・七月堂)

この詩集は先日、第31回萩原朔太郎賞候補に選出されました。
詩を書きはじめてからの憧れだった賞にノミネートされ、こんなにうれしいことはありません。
他の候補詩集も好きなものばかりですので、ご興味のある方はぜひ読み比べしてみると面白いかもしれません。

🔽候補詩集はこちら
https://www.city.maebashi.gunma.jp/material/files/group/10/hodo20230822_1.pdf

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