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【後編】アートによって育む想像力と多様性への理解~立川市・轟誠悟さん、立川市地域文化振興財団・岡崎未侑さん、ファーレ倶楽部・松坂幸江さん~

前編ではファーレ立川のアート群の価値を、まちぐるみで向上させていった経緯をおうかがいしました。
後編では、市内全小学校でカリキュラム化されているアート鑑賞教室など、官民連携体制のもとで子どもたちにどのような学びが提供されているのかをお聞きしていきました。
皆さんのお話から強く実感したのは、子どもたちの想像力を育む上で、アートがいかに大きな力を持つのかということ。
ありふれた感想と思われるかもしれませんが、アプローチ次第でその効果はどこまでも高くなるものなのです。そのことを、アートと子どもたちへの強い思いを持つ方々の言葉から学びました。

(前編はこちら

「楽しみ方」を伝える存在が、子どもの関心を広げるカギ

千葉 立川市では、子どもたちの授業にファーレ立川のアート鑑賞が組み込まれているとお聞きし、大変興味を引かれているのですが、どのような内容なのでしょうか?

岡崎 「小学校ファーレ立川アート鑑賞教室」というもので、私たち地域文化振興財団が市から事業を受託しています。対象は市内全19小学校の5年生としていて、ファーレ倶楽部さんのガイドのもと1時間で約50作品を巡るプログラムになっています。

千葉 それはファーレ立川アートができた当初から行われていたんですか?

岡崎 市の事業となったのは2008年度からです。ただ、それ以前から図工の先生たちの中でも関心の高い方が、独自に授業で実施していたそうなんです。

轟 児童がアートに親しめる環境を活かさないのはもったいないと、先生たちが市に相談して事業化へ至ったという経緯です。当時の市長も、アートのまちづくりをどんどん推進していこうという立場をとっていましたから、スムーズに実現したようです。

千葉 教育現場に芸術・文化の価値を認識する方々がいて声を上げることも、市がそれをきちんと受け止められることも素晴らしいですね。実際に鑑賞教室のガイドをされている松坂さんは、現場でどのようなことを心がけていらっしゃいますか?

松坂 子どもたちは作品の受け止め方が本当にピュアなんですよ。それを強く感じるからこそ、特定の見方を押し付けず、素直に作品と向き合ってもらえるようにしています。

千葉 それでも必要最低限の情報は伝えなくてはならないでしょうから、その具合は難しそうですね。

松坂 おっしゃる通りです。たとえ説明したとしても「よく分からない」という感想になることも当然あります。そういう時には「よく分からない」ということまで楽しんでもらえるように促すんです。

千葉 ものごとには、面白がる方法というものがありますからね。それを積極的に教えてくれる大人の存在は、アートに限らずとても重要だと思います。松坂さんにとっても、子どもたちとのふれあいから得るものは大きいのではないでしょうか。

松坂 その大きさはいつも感じています。作品に驚いたりする姿を見るとこちらも嬉しくなりますし、「この作品はこう見える」といった子どもたちの言葉から、新しい視点をもらっています。それにガイドをする時の言葉も、ジェンダーなどの価値観を時代に沿う形に更新しないといけませんから、世の中に対する意識も自ずと高まります。

既知と未知の繰り返しが学びを深める好サイクル

千葉 世代を超えた交流は、子どもと大人の両方に学びをもたらすことが、松坂さんのお話からよく分かります。鑑賞教室が正式にカリキュラム化されてから15年が経ちますが、その間で内容に変化はあるのでしょうか?

岡崎 ファーレ立川がどのようにできて、どんな作品があるのかなど、学校での事前学習が充実してきましたよね。

松坂 始まった当初は、授業だからとしょうがなくアートを巡っているうちに、だんだん興味が湧いてくるという子が少なくありませんでした。でも、事前学習をするようになってからは、作品を見るなり「これ知ってるよ!」「見たことがある!」と歓声が上がることもあるんです。

千葉 子どもたちにとって、「知ってる!」というのは学ぶ喜びを身につける第一歩なんですよね。そこから段々と、「知らなかった!」に出会うことが楽しくなり、関心が広がっていく。

岡崎 ちなみに事前学習で使用するカードゲームも、先生方が自主的につくっていたものを、ほとんどそのまま教材化したものなんですよ。

遊びながらファーレ立川の作品について学べるカードゲーム。
以前は教員が独自制作したものを学校間で共有していた。

千葉 なるほど、そこにも現場の先生方の力が活きているんですね。事前学習は充実してきているとのことですが、事後学習もあるのでしょうか。

岡崎 学校ごとに内容は異なるのですが、たとえば意見交換したり、レポートをまとめたり、自分たちで作品をつくってみたりといった形で行われています。

千葉 感じたことを表現したり共有したりといったアウトプット作業も学びの一つですから、事後学習があると鑑賞教室の意義がさらに大きくなりますね。

岡崎 私たちとしてもその部分をさらに後押しすべく、「アートミュージアム・デー」で、事後学習で制作された作品を展示するようになりました。

千葉 子どもたちにとって作品が展示されるというのは、表現した心の内が見知らぬ人にも届くという経験であり、自己肯定感へとつながっていくことだと思います。

授業を通してつながるコミュニティーの輪

千葉 こうしてお話を聞くだけで鑑賞教室の充実度が分かりますが、対象学年以外でもアート作品に接する授業はあるのでしょうか。

轟 カリキュラムとしては今のところ5年生だけですが、そこから関心を持って自主的に作品と親しむ子も少なくないと感じています。

岡崎 児童の中には鑑賞教室の知識を活かして、休みの日に保護者の方をガイドする子もいるみたいですよ。

千葉 それもまた、立派なアウトプットの形ですね。

轟 また、市では「立川市民科」という独自の探究学習の教科を、小学1年生から中学3年生まで設けています。その学習の中で、鑑賞教室をきっかけにファーレ立川に興味を持った子が、立川のアートをテーマにする例もあるようです。

岡崎 そういえば松坂さんは、立川市民科の授業で、子どもたちからインタビューを受けられていましたよね。

千葉 子どもたちと一度の授業にとどまらず関係を持てるのは嬉しいですよね。

松坂 本当にそうですね。ガイドした子がまちなかで声を掛けてくれたこともあったんですよ。

千葉 なるほど。鑑賞教室はコミュニティーづくりの場にもなっているんですね。

轟 子どもとファーレ倶楽部の皆さんのほかにも、鑑賞教室には引率で同行する保護者の方もその輪に加わりますね。中には子どもたちより楽しそうな方もいらっしゃって。

岡崎 作品を媒介にした住民間のコミュニケーションは、鑑賞教室の大切な側面の一つだと捉えています。

松坂 鑑賞教室の引率をきっかけにファーレ倶楽部に入会してくれたメンバーもいますからね。

アートを考えることは、まちづくりを考えること

千葉 児童を対象にした鑑賞教室によって、地域の大人同士がつながっていくこともあるのですね。屋外に置かれているというパブリックアートの特性ゆえかもしれませんが、ファーレ立川を通じて、多くの人たちの世界がどんどん広がっていく様子がうかがえます。特に子どもたちにとって、学校や家庭、塾といった場所だけが世の中ではないと知る環境は貴重だと思います。

岡崎 おっしゃるように、アートには子どもたちの目を、自分の内面と外の社会の両方に向ける力があると実感していますし、それが広い世界への想像力を育むことにつながるのだと考えています。その点ファーレ立川は、地域にいながら世界に思いを巡らせることを、コンセプトとしてきちんと掲げているんです。これは本当に大切なことだと思います。

松坂 先ほどファーレ立川のコンセプトとして、「機能を芸術に」「驚きと発見の街」という2つをお話しましたよね。岡崎さんがおっしゃるのは、3つ目のコンセプトである「世界を映す街」のことです。エリア内の作品を手掛けたのは、36か国92人ものアーティスト。さまざまな出自や思想が反映されたアート群から、世界の多様性を伝えることが意図されているんです。

千葉 近年は多様性という言葉を耳にする機会が多くなりましたが、多様性を理解するには他者について想像する力を育てることが必要。逆に、世の中は多様性であふれているのだと知ることは、想像力を養うことになる。立川市では両方のアプローチが、アートを介して行われているのですね。

轟 子どもたちも、そのようなことを感覚として学び取ってくれているだろうと思います。というのも、鑑賞教室の事後学習で制作された作品を見ると、どれ一つとして似ていなくて、のびのびとした表現がなされていることがわかります。それはきっと、人の考え方や表現には決められた正解などないことを、アートの多彩さから感じているためではないでしょうか。

千葉 本当に重要なことですね。教育の場においては、限られた選択肢しか用意されていないことが少なくないわけで、それが子どもたちの息苦しさ生んでいる。でもアートの力を活用すれば、それとは逆のことが起こり得る。

轟 そうですね。子どもたちには、たくさんの刺激を受けた上で、自分なりの好きなものを見つけてほしいと願っています。

千葉 そんな大切な学びの場であるファーレ立川を、これからさらに活用していくための課題と展望について、最後にお聞きできればと思います。

岡崎 鑑賞教室などを経験した世代にとっては、確かにアートは身近になってきています。ただ、それでも市民全体を見ればまだアートを縁遠いものと認識している人は少なくありません。「自分たちのまちにこんな素晴らしいものがあるんだ」という誇りを醸成していくために、地域産業などとも結びつけた立川らしい取り組みを展開していきたいと考えています。

千葉 まち全体の芸術・文化に対する関心を高めれば、子どもたちの興味も自ずと引き上げられますよね。

松坂 私たちガイドボランティアとしても、盛り上げのために人材の育成を進めていこうと思います。

轟 行政もソフト充実に最大限のサポートをしますが、ハードの維持管理面でも民間の皆さんの力は欠かせません。パブリックアートの特性として、年月の経過による劣化をはじめ維持管理面で超えるべきハードルは必ず生じてきますから。

岡崎 最近では、商業施設のリニューアルに当たって、敷地内のアート作品を撤去するかどうかということが市内外で議論を呼びました。さまざまな考え方がありますが、「パブリックアートは、まちとともにあり方が変化するもの」という視点に立つとすれば、大切なのは作品を残すか否かという部分ではなく、その議論に市民が主体的に加わることだと思います。

千葉 これまでも市民の方々が積極的に携わることで、先駆的なコンセプトを持つ作品群と「アートのまち」としての立川の価値が高まってきたわけですからね。繰り返しになりますが、パブリックアートを考えることは、まちづくりを考えること。どちらも多様な見方ができるだけに難しい部分はありますが、だからこそ子どもでも誰でも関わることができ、得られる学びは大きく、そしてなによりも楽しい。一人でも多くの方々がファーレ立川に関心を抱くことができるよう、私も皆さんの活動を応援していきます。