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「『罪と罰』を読まない」神々の遊び

さぁて、お立ち会い。手前、ここに取り出したるは、
「『罪と罰』を読まない」

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誰もが知っているといっても過言ではないドストエフスキー『罪と罰』を読んだことのない4人が集まり、自由奔放に語る試みがなんと書籍になってしまった。文藝春秋さん、腹が据わっていて敬服の至りである。
本書の魅力を、もう読んでしまった凡人たる私めがつらつらと綴ろう。

読んでないのに主人公Dis

さて通称「未読座談会」開始早々、主人公ラスコーリニコフは参加者一同から散々に酷評される。以下、罵詈雑言の一部を抜粋し挙げる。
「主人公が超ニート野郎
「結構なヒッキー」
「小心者めが」
「仕方なく婚約してたから、死んでくれてラッキー!と言いそうですよ」
顔以外、全部駄目な男だと思うんですよ、ラスコって。」
ひどい。だいたい古典文学に出てくる男はダメ男って相場が決まっている(筆者注:筆者の偏見です)のに、なぜラスコだけそんなにもディスられるんだ。いや相場が決まっているからこそ、読んでもないのに貶すのか。
そしてラスコーリニコフよ。君の苦悩は、外野から見ればその程度らしい。

ギャルゲー『罪と罰』の可能性

そしてわずかな情報を手がかりに、『罪と罰』のストーリーを大胆に推理する参加者一同。
第一部「殺害編」、第二部はソーニャとの「邂逅編」、第三部「帰郷編」もしくは「サンペテ上京編」、第四部は「ソーニャ怒濤編」「サンペテ編」「妹の結婚編」……と部立ての推測も無茶苦茶である。

参加者も仰せだったが、これはもうパラレル・ワールド『罪と罰』。
下巻は「下巻A」「下巻B」と二冊あり好みを選べるマルチエンディング説を挙げている方もいらした。それもなかなかに味わい深いかもしれない。
あるいはどこかでルート分岐があって、「イリヤルートの『罪と罰』」「ドゥーニャルートの『罪と罰』」というギャルゲー版『罪と罰』が存在する世界線もあったりして。「イリヤルート」なんて言うと、某Fateの幻となったルートを彷彿とさせる罠。

ドスト、情景描写から始めすぎ説

この「未読座談会」では、レフェリーに要求すると任意の1ページを(もちろん回数制限つきで)読み上げてもらえるルールがある。そうしないと手がかりが少なすぎるのだ。まあしかし、そのページ指定がまた愉快。
参加者の誕生日にちなんで五〇四ページ、「じゃあ、ニクヤ(肉屋)で、二九八ページ!」の語呂合わせ等、ずいぶんと豪快なページ指定をするのに、やたらいい場面を引き当てる。
しかもだんだんスキルがついてきて「(章の)冒頭は情景描写」と喝破してページ指定をするレベル。さすが一流の未読文筆家の集まりである。

名作の正体と「読まない=読書の前戯」論

さて「未読座談会」を終えたあと、参加者四人は『罪と罰』をしっかり読み終え「読後座談会」を決行している。一粒で二度美味しい。

結論から言えば「本物はもっと変だった」。参加者一同、「未読座談会」で突拍子もないストーリー展開やキャラ設定を考えていたはずなのに、それを上回るというのだ。だてに名作と讃えられていない。
まさに極上のエンターテインメント、「ドストは明らかに笑わそうとしている」「人形浄瑠璃と似ているかも」と参加者も口々に褒めそやす。
スベ(←スヴィドリガイロフのこと)主人公のスピンオフ小説が熱望されているが、参加者のみなさまで二次創作してください買うから。

名作が名作と称される所以、個人的には「時を越えて人々の共感を得られること」だと考えるが、まさに『罪と罰』はそうだと言えよう。参加者の発言で印象的なものがあった。

第五部の最後のほうなんだけど、それまで自分ひとりしかいない、どこまでも「俺」の世界だったのに、初めて世界の中に他者が生まれて、他者が生まれると急に淋しくなる。

ラスコーリニコフに言及する一文だが、これは人間が成長する過程で経験する普遍の淋しさであり、現代の物語各種の根底に流れている概念だと思う。読後座談会で言われていた「ラスコーリニコフ=中二病」説もあわせ考えると、「罪と罰=ラノベの端緒」説を今ここで勝手に提唱したい。

おわりに三浦しをん氏が寄せた文章にある「「読む」は「読まない」うちから、すでにはじまっているのかもしれない。」とは、まさに的を射て当を得た見解だと思う。
限られた情報から想像力を駆使し、自分なりの物語を構築してから答え合わせとして本を読み味わう。期待を極限まで高めきって、最高潮に達するところでいざ読書。
ただ名著を読んだことがあるだけでふんぞり返っている輩には決して楽しめない遊び。これぞ無知の知、ある意味高等遊民の遊び。

「『「罪と罰」を読まない』を読まない」を書けたらよかったのだが、凡人にはそのハードルはあまりにも高すぎたことを、最後に白状する。


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