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批判や否定、自分自身の気持ちに気づいている?

どれだけの人が学生から社会人への
変化を受け入れることが
出来ただろうか?

ボクは学生から社会人への
変化を受け入れることは
出来なかった内の1人だ。

卒業後の春休みは
社会人になることがかなり怖かった。

働くことに対して
“批判・否定“をしていた。

出来ることなら
一生学生でいたいと思ってた。

そんなボクも大学を卒業して2年。

社会人2年目だ。

思っていた以上に社会人は楽しい。

なぜ、あの時
“変化を恐れた“
のかと不思議になる。

今思えば、

・学生という自由な時間を失うことが怖かった
・学生ブランドを失いたくなかった
・何かがボク自身の何かが変わると思った

“見えない何かを失う“のが
怖かったのだと思う。

今まで感じたことのない世界。
見たことのない環境。

ボクの中では社会人は冷たく、
厳しい世界だと思っていた。

でも、そうじゃなかった。

自分自身の道は自分自身で
決めなければいけないが、
その道のりで助けてくれる多くの先輩方がいる。

そして、そんなボクも
今年次へのステップを踏もうと思っている。

学生の頃のボクのように
“変化を恐れている人”は多い。

ボクらは本能的に未来の見えない
“不安”“現在”という
大切な時間を邪魔されている。

それはボクら自身で
ボクらが大切にしている
ボクらを守ろうとしているからだ

その環境の変化で
自分自身の何かを“失うのではないか“

という”不安”“未来”から
“現在”のボクらへ乗り移っている。

意外にもボクらは
その“不安”になかなか
気づくことが出来ない。

ましてや、“不安”以外にも
ボクらの“変化”
邪魔しているボクらの行動がある。

ボクたちはそれに
気づけないと大切なチャンスを逃してしまう。

新しいことは受け入れることが難しい

それを対人関係にも当てはめて欲しい。

ボクらが何かを受け入れられないとする。
その時に取る行動が

“批判や否定“

新しい考え、行動は
受け入れることが難しい。

それは、上記で上げた
“変化”を恐れている証拠。

その目の前で起きている
“変化”に対して
自分自身の何かを“失う”
かもしれないという“不安”からくる行動だ。

その“批判や否定”
ボクら自身の“エゴ”なんじゃないか?

ボクらが1番恐れていることは、
“自分の立場を失う”
ということなんじゃないか?

自分自身の信念、信条が“失われる”

どうしてボクらは
その真新しい物から
“良い部分を汲み取る”
ということが出来ないのか?

“批判や否定”からは何も生まれない。

自分自身を成長させるには
自分自身の考え方、
行動をアップデートしいく必要がある。

守り続けることに意味はあるのだろうか?

今回も最後まで
お読み頂きありがとうございました。


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