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こんなのただの日常。

長女の感動あふれる卒業式と謝恩会を終えて、あっという間に息子の終業式の朝になった。
子どもたちの通う幼稚園では終業式にも親が列席する。
しかも皆さんちゃんと正装していらっしゃる。
(因みに始業式も然り、みんな正装いくつ持っているのか)
卒園式があったばっかりだし、おんじなスーツでは芸がないよね、終業式だから卒園式ほどではない感じで、ああ、黒のはりっとしたフレアースカートがあったはず、これこれ、ああ、たたみ皺がついてる、アイロンアイロン、と走り回る母を尻目に子どもたちは浮かれている。
息子はいつもより少しおそい登園に、母と一緒の登園に。長女は数日前に大号泣で卒園した幼稚園に、懐かしい(三日くらいしか経っていない)先生との再会に、朝から浮かれていた。
ふたりで朝からきゃあきゃと騒がしく、睦まじく遊んでいてそれはもう微笑ましかったし、助かった。
なんせ、終業式だから、正装だから、さすがにすっぴんというわけにもいかないし、それなりにお化粧しないといけないし、髪の毛だってくるんとさせたい。
おかあさんは忙しいのだ。

我が家のウォークインクローゼットは二階の寝室にある。
そうそう、肝心のジャケットを忘れていたよ、ツイードのあれを着ましょうねぇ、と二階にあがって驚愕した。
寝室のカーテンがレールごとあらぬ方向に落ちている。
パイプのような形状のカーテンレールなのだけれど、なんとそれが窓枠から完全に外れていて、つまり取れていて、窓のふもとのベッドに右片方が落ちていた。
モスグリーンのカーテンは急こう配に傾いたカーテンレールにしがみついてだらしなくぶら下がっていた。

なにが起こったのか理解できないのはもはや一瞬で、一階に向かって叫ぶまではわずか一秒。

まずは定型で「こらぁ」から始める。
次に「誰がやったのぉぉぉぉぉぉ」で子どもたちを呼び覚ます。
最後に「こっちに来なさいぃぃぃぃぃぃぃぃ」これでほぼ完了だ。

しずしずと階段をあがる音がして、ドアを開ける前から何かしらのごにょごにょと言い訳が聞こえる。
ドアが開いた。
「で、誰がやったの」詰問する。鬼婆。
「長女がやってって言ったんだよ」
と息子。
「言ってないもん」
と長女。
般若の形相をみて焦るのは長女。
「二人でやったの」
けれど罪をかぶりきれず二等分した。

その日の夜は妹家族が泊まりに来る予定であり、家族には小さい赤ちゃんがいるので客間ではなく一番静かで一番あたたかい寝室を使ってもらおうと朝からシーツを洗ったり空気を入れ替えたり準備をしていた。
そこへこの惨状、私、支度に忙しい、夫いない、末っ子叫んでる、私泣きたい。
終業式の後は息子のお友達のお母さんたちからお食事に誘われていた。
帰宅するのはちょうど妹家族が到着する頃だと予測していて、つまりこのカーテン、今、この時に直さないといけないのだ。

カーテンレールを持ち上げて窓枠にはめようとするのだけど非力な三十代には難しい。
どうやら彼らはカーテンレールを大好きな鉄棒に見立て、ぶら下がって遊んでいたらしかった。
息子の19kg を支えきれなかったカーテンレールは激しくたわみ、すこんと窓枠の金具から抜け落ちたのだった。
そしてそれをそそのかしたのがおそらく長女。
ああ、なるほどな、とわかったところでめきめき力が湧くわけでもなく、どうにもうまくいかないまま、けっきょくカーテンレールを直すことは叶わなかった。
どうしてこんな鉄棒にしか見えないカーテンレールを採用しちゃったのかなぁ、と的外れな後悔だけが残ったまま終業式に参列した。

終業式は滞りなく終わり、教室で担任の先生から感動的な一年の総括が伝えられた。先生は涙ぐんでおり、時おりハンカチを目に押し付けていた。
先生お疲れ様、すてきな一年をありがとう、と思う隙間にどうしたって無残なカーテンレールとカーテンが思い浮かんでしまう。
実は前日に夫が寄稿するコラムの校正を頼まれてひどい寝不足だったので、頭は終始ぼんやりとしていて、カーテンと先生と妹一家が混沌と入り混じっていた。
カメラも携帯も忘れてしまった私はみんなが先生やお友達と写真を撮りあう中、眠気と闘いながら曖昧に微笑んで子どもたちを眺めるだけだった。

お友達と食事に出かけ、ピザやパスタを頂いて帰宅した。
みなさん一人っ子のお母さんだったから、手が足りない私に代わって長女をドリンクバーへ連れていってくれたり、脱走した末っ子を連れ戻してくれたりほんとうにありがたかった。
ありがたかったけれど、こういうとき終始お礼と謝罪で終わる感なんとかしたい。食事の思い出のほとんどが、ごめんねとありがとう、でたいてい埋め尽くされている。子どもが小さいうちは仕方ないのだろうか。私が不器用なだけなのだろうか。

帰宅して、子どもたちと教育テレビの録画を観ていたあたりから記憶がなくなって、末っ子がおむつを持って「ママちっち」と私のそばにやってきてはっと気づけば夕方近くになっていた。
妹家族は到着が遅れていたらしい。
ごめんごめん、ママ寝ちゃってたね、と慌てておむつを替えて、なんとなく部屋を片付けていたら夫がいつもより少し早く帰宅した。
帰宅した夫が酷く疲弊した顔をしていたので訊ねると、テラスがえらいことになってるよ、というのでなぁに、と外へ這い出てみたら、網戸に、テラスに、窓に、ダイナミック且つ斬新な落書きがあって。
犯行現場よろしくクレヨンとクーピーが散らばっていたけれどもう怒る元気もなかった。
妹からは間もなく着くとLINEがあった。


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