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一瞬の風になれ ~私の陸上競技のバイブル~

大好きで何度も読んでいる本がある。
佐藤多佳子さんの『一瞬の風になれ』だ。

中学生まではサッカーをしてきて、高校で幼なじみかつ天才スプリンターの連と一緒に陸上競技部に入部した主人公の新二が陸上競技を通して成長していく物語。

中学生のころ、陸上競技を高校で続けようと思い始めた時期に母からプレゼントされた本だ。
大のお気に入りで、何度も読み返している。

『一瞬の風になれ』で中心に描かれているのは短距離、その中でも4×100mリレー、通称「四継」と100m走だ。
中学校では200m走、高校では400m走をメイン種目にしていた私は100m走で人と隣り合ってスタートすることを一度も経験したことがないし、四継も走った回数は少ない。
それでも情景が思い浮かび、実際に走っているかのようにわくわくする。

『一瞬の風になれ』の魅力の1つは徹底されたキャラクター設定。
どの登場人物も、陸上競技をやったことがあれば一度は見たことがある性格だ。
「こういう人、いるいる」と頷いてしまう。
他の強豪校の選手たちも「強豪校ってこういう雰囲気!」と思える。

個人的にこの小説は陸上競技のバイブルだと思っている。
そう思うことができるのは、陸上競技をしている登場人物たちの心情がリアルに描かれているからだ。
これから陸上競技を始めよう、という人には陸上競技はこんなものだ、という輪郭をつかむことができる。
高校で陸上競技に打ち込み、競技から離れた立場では、試合はもちろん練習でも「こういう経験あったな」ということが多々ある。

走りのフォームを良くするために理論を教えてもらい頭で考えて実践して、体に染み込むまで反復する、その地道な練習、うまくできないモヤモヤ、少し走りがよくなった気がしたときの嬉しさ。
冬季練習で身体をいじめ抜くときでも理想の走りをイメージする、最後の方は走りが崩れそうになる、意地でも崩さないぞという気持ち。
きつい練習を乗り越えて、これでまた強くなったぞ、という嬉しさと心地よい疲労感。
仲間と一緒に走って、励まし合いときにはぶつかりながら、互いの成長を感じて、チームがひとつになって強くなっていく実感。
リレーで手を振って待っている仲間がいることの頼もしさ、バトンパスの直前に構えて待っているとき仲間が走ってくる迫力。
0.01秒差、あと一人で次のラウンドを逃したときの悔しさとやりきれなさ。
イメージ通りに走れないもどかしさ、理想の走りをできたときの達成感。
努力が数字にも試合の内容にも現れたときの興奮と喜び。
バトンを握ると発揮できる+αの力。
登場人物たちと一緒に笑ったり泣いたりして、一緒に走っている気持ちになる。

ただ陸上競技のことが深く描かれているだけではなくて、ところどころに吹き出してしまうような登場人物たちのやりとりが挟まれているのが面白い。
また、実際に体験できなかったけれど、私もやってみたかったな、と羨ましくなるようなエピソードも描かれている。
例えば、合宿などで知り合った他校の選手と連絡先を交換して連絡を取り合い、たわいのない話や陸上競技の熱い話をするということ。
他校の友達と良いライバル関係を築くことは、何年たっても憧れ。
陸上競技のことだけでなく、高校生らしい恋愛模様も描かれていて、こんな風に恋してみたかったなとも思うし、可愛らしいなとも感じて、小説を読んでいて飽きがこない。

競技を離れても、風を感じて走る心地よさ、リレーの楽しさ、仲間を想う気持ち、一本一本に懸ける想い、力を出しきれない悔しさ、数字だけで評価される残酷さと分かりやすさ、成長を感じられる喜び、精一杯練習をやりきったときの爽快感、様々なものを主人公たちと一緒に感じることができて、陸上競技が大好きだ!と思うことができる。
そして、陸上競技に燃えていたときの気持ちを思い出し、負けてられない!まだまだ熱く生きるぞ!という気持ちになってエネルギーが湧いてくる。

そんな小説と出会えたことに感謝。これからも繰り返し読みたい小説だ。

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