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エスカレーターの距離感

「はる…ぴょん、ってさ、きょうだいいるの?」
向かい側に座っている緊張気味の男の子は、抹茶パフェのアイスをすくう手を止めて言った。

はるぴょん、私のあだ名、LINEでは何度か呼んでくれていたけれど彼に直接言われるのは初めてでドキドキしたのを今でも鮮明に思い出せる。

初めてつきあった彼との初めてのデート。
大学に入学したばかりのころ、浪人していたときの友達に誘われて立ち寄った陸上競技部の新入生の勧誘ブースで出会った、同じ学部の同級生が彼だった。
初対面から何となく惹き付けられるものがあり、つい口数が多くなってしまって、初対面なのに何十分も立ち話をしてしまった。
二人とも陸上競技部に入部し、種目は違ったけれど練習の前後によく話していた。
そんな調子だったから、彼を好きになるのに時間はかからなかった。
気づけば練習の合間に目で追ってしまっていたし、自分から彼に話しかけるようになっていた。

“彼氏”という存在に憧れていた私。
部活で仲間として接しているだけでは足りなくて、彼と付き合いたいという気持ちが強くなった。
それまでは好きな人がいても自分からデートなんて誘えなかったのだけれど、付き合いたいという気持ちが強すぎて自分からアクションを起こした。
彼が好きな食べ物を会話の中で引き出し、その食べ物が食べられるお店を探して、後日話すときに「そういえば○○好きって言ってたよね?おいしいお店最近知ったから今度一緒に行こうよ」といった感じでデートの約束をした。

大学に入学して初めてのテスト期間を乗り越え、夏休みを迎え、旧帝大の定期戦(七大戦)を終え、大会や合宿などハードな1ヶ月をなんとかクリアし、ほっと一息つけるようになった9月中旬。
彼と私は初めてのデートをした。

友達に相談して選んでもらった服。
普段は履かないヒールのパンプス。
一度もつけたことのなかったネックレス。
緊張のあまり化粧に時間がかかり、危うくバスに遅れそうになった。
待ち合わせの時間、混みあっている駅。
15分ほど早く着いてしまった。もちろん彼はいない。
待ち合わせの時間の5分前になって彼は現れた。

「ごめん!待った?」
…10分くらい待ったけれど。ドキドキしてあっという間だった。
「ううん、私も来たばっかりだよ」
ありがちな返答。
「…行こっか」
「う、うん!」
彼の隣を歩く。距離感が分からなくてひとりぶんくらいの距離をとって並ぶ。

「今日、暑いね」
「…そうだね!!」
ぎこちない会話。話題が浮かばなくて彼の振ってくれる話題に相づちを打つので精一杯。

デートは昼食をとったあとデザートにパフェを食べに行くというシンプルなプラン。
そのあとのことは全く決まっていなかった。
デザート食べ終わったらどこに行こう。もしかしたら解散??
自分から誘っておきながら計画はざっくりしていて、不安しかなかった。

昼食をとったお店は駅ビルの地下にあった。
下りエスカレーター。私が先に乗って、彼が後から1段あけて乗った。
彼は私より15cmくらい背が高いので、ヒールを履いていても私がかなり見上げる形になって、彼が少し遠く感じた。
1段、あけるんだ…そうだよね。私たち、部活の仲間だもんね。
デートの提案をすんなり受け入れてくれたので少し期待していた。
女の子とごはんくらい行くよね。デートっていう認識ない…よね。
デートだってドキドキしていたのは私だけだったのかな。
まだデートは始まったばかりなのに早速気分が落ち込んでしまった。

お店に着き、案内された席、向かい合わせ。
部活で彼の姿は見慣れているはずなのに、緊張は最高潮。
ジャージではなく私服の彼はとても新鮮で、普段より3割増しくらいでかっこよく見えて、ドキドキが止まらない。

「何食べる?美味しそうなパスタたくさんあるよ」
彼の言葉で我に返った。
「そ、そうだね…どれも美味しそうだね」
二人とも食べたいものが決まり、彼がまとめて注文してくれた。

注文が終わって数十秒、沈黙。
どうしよう、何話そう!?
彼の顔を直視できずうつむいていた私。
いや!うつむいちゃダメだ!と顔を上げると、彼は微笑んでいた。
彼の顔を見たら少し気持ちが落ち着いた。

「帰省、どうだった?」
やっと絞り出した話題。
「友達にも会えたし、楽しかったよ」
そこから彼の地元や大学に入学するまでの話を聞くことができて、どんどん話が弾んだ。
食事が運ばれてきてからも好きな食べ物の話などで話が途切れず、会ったときの緊張はなくなっていた。

食事を終え、お店を後にする。
再びエスカレーターが現れた。今度は昇り。
また私が先に乗り、彼が1段あけて乗ってきた。
彼より私が少し目線が高いくらいだったので、彼の顔がいつもより近くに感じた。
思わずじっと見つめてしまう。話が続いていたのに途切れてしまった。
どうしよう…好き!!!
1段下に移動して彼との距離を縮めたい衝動に駆られた。
いや!でも!とっ、友達だし、しかも話が弾んだのに1段あけて乗ってくるってことは、うん、そういうこと、だよね。
少ししょんぼり、けれどときめきながら、エスカレーターを降りた。

お腹を落ち着かせつつウインドウショッピングをして、おやつにパフェを食べに行った。
このパフェがデートのメインだった。
お店の前に並ぶ列は前後どちらもカップル。
私たちもカップルって思われちゃってるかな。
そんな考えがよぎり、一人で勝手にドキドキした。

順番が来て、お店に入ってすぐのレジで注文とお会計を済ませ席につく。
さほど待ち時間はなくパフェが到着。
「「いただきます!」」
二人でパフェの前で手を合わせ、スプーンで優しくパフェをつつく。
「…おいしい!!!」
思わず頬が緩む。
━━━男は食べてるときの笑顔に弱いんだよ!
友達の言葉を思い出した。
笑顔でいようと意識せずとも表情が完全に緩んでいるのが分かった。
好きな人と美味しいものを食べると、自然と笑顔になるんだなあ。

「…おいしいね!このお店初めて!よく知ってるね」
彼も美味しそうにニコニコしながらパフェを頬張っている。
その光景がとても眩しかった。
彼が嬉しそうにしていて私も嬉しかった。

はるぴょん。
最初はぎこちなく、次第に慣れてきたのか自然と、彼は私をあだ名で呼んでくれた。
私は彼のことを既にあだ名で呼んでいたので不自然ではなかったと思うけれど、彼が私のことをあだ名で呼んでくれてから、彼をあだ名で呼ぶとき少しくすぐったい感覚があった。

ああ、恋、してるんだ。
彼が私をはるぴょんと呼ぶたびに心が跳ねて、笑うタイミングが重なると息があっている気がして嬉しくて、話していてそれまでは知らなかった彼のことを知ると他の女の子とは違う特別な女の子になれた気がして少しばかり優越感があった。
全身で、彼に恋をしているのを感じていた。

パフェを食べて、デートの一番の目的は果たされたわけなのだけれど、私はまだ彼と離れたくなくて、自分からは帰ろうと言いたくなかった。
かといって告白する勇気もなく、彼も帰ろうという気配もなく、お店を出て駅周辺のショッピングモールをぶらぶらした。

すき。すき。すき。
彼のまなざし、声、表情。全てがいとおしくて。
このまま時間が止まればいいのに。そんなことを思っていた。

雑貨屋さんに行って、こんなの部屋に置きたいね、と話したり、食料品を見てこんな料理作りたいな、美味しそうだねと言い合ったりした。
ただのウインドウショッピングだったのだけれど、彼を独り占めして、彼の隣を歩いているのが嬉しくて、幸福感で満たされていた。

ショッピングモールの中を移動するとき、エスカレーターを何度も利用した。
彼が上にいたり、私が上にいたり。思いきり見上げるのも、目線の高さが近づくのも、どちらも好きだなあ。
見上げていると彼の横顔がかっこよく見えるし、目線の高さが近いと彼の顔をしっかり見ることができる。

最初は1段あけて乗っていたけれど、時間がたって彼との心の距離が縮まった気がして、彼ともっと近づきたくて、昇りエスカレーター、勇気を出して彼が乗っている段のすぐ下の段に乗った。

彼の背中が…近い!!!
顔が赤くなるのが分かった。
のぼせそうなくらい顔が赤くなってしまって、彼を直視できなかった。
鼓動が彼に聞こえてしまうんじゃないかというくらいに心臓がドクンドクンと鳴った。
彼の香りがふわっとして、きゅん、と胸が苦しくなった。
どうしよう、このまま彼の背中に顔を埋めてしまいたい。

一度エスカレーターで段をあけずに乗ったら、彼を近くに感じられるのがやみつきになってしまい段をあけられなくなってしまった。
彼に1段あけられてしまうのが怖くて、彼の後にエスカレーターに乗るようになった。
エスカレーターではドキドキしてしまって全く話せなくなった。
しかし彼の方を見上げてチラリと見える横顔、照れくさそうに微笑んでいるように見えて、少し期待した。
段をあけずに乗っても嫌そうな気配はないし、もしかしたら、りょ、両思い…!?
そんなことを考えたらまたドキドキしてきてしまい彼の話が頭に入ってこなくなった。

「今日は楽しかったよ、ありがとう」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとう」
夜、待ち合わせ場所に戻ってきた。
終バスの時間が近づいてきて、帰らなきゃ、という私に彼が真剣な表情で言った。
「はるぴょんさ…なんで僕のこと誘ってくれたの?」
「えっ…」
好きだからだよ!
「逆にさ、なんで来てくれたの?」
「えっ…抹茶パフェ、食べたかったから。」
「わっ私だってっ。抹茶好きって言ってたから…一緒に行ったら楽しいかなって。」
「女の子とじゃ…だめだったの?」
「そんなわけじゃないけど…でも、抹茶好きならおすすめしたくて。てか、パフェ食べたあと解散でもよかったじゃん。なんでこんなに遅くまでいてくれたの?」
「はるぴょんは帰りたかったの?」
「そうじゃないけど…疲れないかなって思ったから」
「僕は…歩くの好きだし。それに、話してて楽しかったし。はるぴょんこそ疲れなかったの?」
「私も楽しかったよ。疲れてなんかないよ。」
「ヒール、痛くなかった?」
「…大丈夫だよ」
「よかった。無理してないかなって心配だった」
「ヒール、気づいてたんだね」
「うん、会ったときから、いつもよりおしゃれしてるなあって思ってたよ」
「そりゃ、ね、部活とは、ね…」
「嬉しかったよ。…ねえ、はるぴょん。」
「うん?」
「僕らって、友達?」
「……」
ともだち、で終わりたくない。
「はるぴょん、今日一日一緒にいられて楽しかったよ」
「わたしも…だよ」
帰りたくなかったよ。
「ごめん、はるぴょんのこと、帰したくなかった」
「わたしも帰りたくなかったよ」
「ねえ、それって、そういうこととしてとっていいの?」
そういうこと、それが何を指すのかは考えなくても分かった。
「…うん」
もう心臓が爆発してしまいそう。
「…よろしくお願いします、で、いい?」
「うん…こちらこそよろしくお願いします」
「はるぴょん、好きだよ」
「わたしも、好きだよ」

こうして長い探りあいの末、私たちはつきあうことになった。
「やばい!バスに遅れちゃう!!」
二人でバス停までダッシュ。
なんとか間に合い、駆け込んだ。
彼は見えなくなるまで手を振ってくれた。

帰宅してから彼とLINEをしていた。
「エスカレーターでさ、最初は1段あけてたのに、途中で詰めて乗ってくるようになったじゃん?あれ、すっごくドキドキしてたんだよ」と、彼。
彼の照れくさそうな横顔は本当に照れていたんだ。
思わずにやけてしまう。
「ちょっと狙ってたよ?笑」
「わー、はるぴょんいじわる!」
「でもね、わたしもドキドキしてた」
「お互い様だね!」
二人ともエスカレーターでドキドキしていた、その事実がとても嬉しかった。

エスカレーターで1段あけて乗ってきた彼。
緊張していたのだろうと考えたら可愛く思えてきた。
エスカレーターで1段あけずに乗ったときに拒まなかった彼。
嬉しさとときめきが入りまじっていたのかなと考えたら幸せな気分になった。

エスカレーターの距離感で一喜一憂していた、初めての彼氏との初デート。
今振り返ってみると、一生懸命恋をしていたんだなと感じ、そんな自分たちがとても可愛らしく思える。




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