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ちなみからのんへ:1通目

「今日も東京の人の多さにはまいってしまうよ。大阪もそうですか?」

そんなメールがのんちゃんから届いたのは、出勤が終わった電車の中で、ぼうっと光り輝くネオンの光を見ながら帰宅につく、そんな夜の出来事だった。

のんちゃんとは、千葉にある「金谷」というところにあるコワーキングスペースで出会い、一緒に五日間だけ暮らした「元・同居人」だ。出会った時から人懐っこいオーラ全開の彼女は、街の人から愛され、コワーキングスペースの人から愛され、いつもみんなの輪の中の中心にいるような存在だった。

一緒に暮らした五日間、私たちはもう戻れない修学旅行の夜を取り戻すみたいに、かわいいパジャマに身を包み、枕を手元に抱えながら、たくさんいろんな話をした。恋のこと、仕事のこと・・・そして、そんな私たちの最大の共通点は、「田舎に生まれ育ち、都会に憧れて上京してきた」というところにあった。

大阪での暮らしは、今年でもう6年目になる。

最初は不安でたまらなかった電車の乗り換えや、切符の買い方も、まだ少しだけ田舎の方言が残る、なまった関西弁も、大阪人特有の「なんか面白いこといってや」という無茶振りも、今ではもう全然平気で、慣れっこになってしまった私は、この大阪での生活を、変えようなんて一ミリも思っていなかった。

「仕事もあるし、友達もいるし・・・あと足りないのは、そうだな。やっぱり新しい彼氏かなあ。」

大学時代、結婚を前提にお付き合いを重ねていた彼と別れることになったのは、ちょうど三年前の、このくらいの気温の頃だったと思う。

それから誰と出会っても、誰と付き合っても、誰のことも彼以上に好きになれなくなった私は、不感症という名の心の病気にかかってしまったのかというくらい、恋愛からはずっとずっと遠ざかっていて、それを隠すように、今日もネオン街の光と、たまにくるナンパの声を遮って、早足で帰路につくのだった。

「最近、特別うれしかったことはないけれど、少しだけ、彼のことを思い出さない日が増えて、最近、特別悲しかったことはないけれど、それでもやっぱり彼と行ったレストランや映画館に行っても、もう隣にその人がいなくて、「あの時あんなことがあったね、こんなことがあったね」って思い出を共有できないことは、寂しいなって感じてしまうの。」

私がブログを書き始めた理由も、そんな彼と別れて、どうしようもないこの気持ちに、置き場所を見つけたかったからだった。最初は自分のためだけに綴っていた文章も、今ではたまに検索で読んでもらえるみたいで、見ず知らずの読者の人から「励みになりました」という連絡をもらうたびに、彼と別れたこの経験も、いつか自分の糧になって手放せる日が来るのかな、なんて、少しだけ期待している私がいる。

でもそれは、きっとまだまだ先のことになりそうだ。

「のんちゃんは、最近どうですか?何かを特別に思い出して恋い焦がれるような、そんな出来事が、ありますか?」

大阪からは数百キロ離れた、遠い横浜にいる彼女に思いを馳せる。彼女も感受性が豊かで、すぐに笑ったり泣いたり、コロコロ表情の変わる女の子だったから、今は少し肌寒いけど、それでも誰かの隣で、にっこり笑っていてくれたら嬉しいな、なんて思ったりしながら、見慣れた薄緑の玄関に手を伸ばした。

「私が彼を忘れられるまで、あとどのくらいかかるのだろう。彼が私を忘れてしまったくらいのスピードで、あっという間に冬は来るのにね。」

今夜は少しだけ冷えるから、のんちゃんと話した時よりも、少しだけ分厚いパジャマに着替えて、あたたかい毛布にくるまって眠ろう。

そんなことを考えながら、「送信」の二文字に指を重ねた。

彼女のいる場所にも、もう冬の訪れは感じ始めているのだろうか。

もしもそうなら、彼女も今夜は、あたたかいホットミルクでも飲みながら、毛布に包まれて眠るのだろうか。

「すべての人が幸せになれる世の中ならいいのにって、もう何百万回も思うのに、それを祈る人はきっと、辛さを知っている人たちで、本当に幸せな人たちは、それを祈る事すらしてくれないのだとしたら、それってやっぱり寂しいね」

最後はそんな文章にした。

彼女はもしかしたら、この空虚な気持ちの正解を、知っているような気がしたからだ。

「あとがき」

これは私が一年前、フリーランスになる前の、社会人として働いていた頃のお話を綴ったものです。あの頃の私は、まだ当時付き合っていた彼のことを忘れることができなくて、ずるずると引きずりながら、毎日を過ごしていたように感じます。

あれから1年経った今、こうやってフリーランスとして活動することも、彼以上に大好きな人たちと出会い、地方を旅しながら毎日を暮らすことも、当時の私は、全く想像もしていませんでした。

思い出しながらこのメールを綴る今、その頃の心境や思いを少しだけ覗くと、あの時思っていたこと全部が今につながっていて、なにひとつ無駄じゃなかったことを感じることができるから、弱いままでも、人はそのまままっすぐ、進んでいけばいいのだと思います。

まるも店長になる前の、のんちゃん(野里和花)と、こじらせ女子を名乗るich(いち)=本名(ちなみ)の、一年前の物語を、小説を読むかのような感覚で、楽しんでいただけたら嬉しいです。




あなたがくれたこのサポートで、今日もわたしはこのなんの意味もないかもしれないような文章を、のんびり、きままに書けるのだと思います。ありがとう。