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毒親が死にかけている話

【注意書き】
普通の家庭に生まれた人には
とても不快なものになるので
読まない方が良いと思います
世の中には普通じゃない家庭もあるということです

アル中 家庭内暴力 すぐ無職になる私の屑な父親は
2019年にアルコールによる脳の萎縮とアルツハイマー認知症と
診断され 紆余曲折があり現在精神病院に入院している

私が高校生の卒業式の当日に両親が離婚し
(なので誰も祝ってくれなかった 母親もアホなんだと思う)
ずっと疎遠だったが
結婚式や孫ができた時には定期的に合わせていた
仕方なくだったが 少し残っていた親孝行心があったのかもしれない

でも相変わらず彼はアル中であり
私の娘に必要以上に構ったり 家に乱入してきて暴れたり
物を壊したりしたため
その都度 取っ組み合いの喧嘩をし
もっと若い時にこいつを始末しておけばよかったと何度も思った

なので私とって親は恐怖と厄介なものでしかなく
親が好きだとか 大事だとかいう感覚がない

彼が認知症になったときも役所やホームなどを走り回り
やっと家に帰って洗濯ものを干しながら泣けてきたのは
親が認知症になって悲しいとか切ないとかではない

「なんて情けない人生なんだ。またこいつに足を引っ張られる」

これが私の涙の原因だ

認知症になってから私は周りにはっきりと言った
「私はこの人に虐待を受けていたので面倒はみれません」
ケアマネさんにも 包括支援センターの人にも
役所の人にも 今の病院にもだ

隠しておきたい気持ちより
もうこれ以上 父親の犠牲になるのはごめんだからだ

彼は遠方のグループホームへ入所した
会うのはとても嫌だったが身の回りの準備をし
定期的に手続きをしたり
足りないものを運んでいた

彼はそこでも暴力沙汰を起こし
結果グループホームを強制退去させられた

その後 今の精神病院にお世話になっている

アル中→暴力沙汰→認知症→精神病院という人生を送る人間が
自分の父親だというのは
きついものがある

私にも同じ血が流れているんだなと思うからだ

だから私は自分を好きになれない
容姿やしぐさで似ている部分がでてくると
自分の存在を消してしまいたくなるから

精神病院ではとてもよくしてもらい
認知症が進んだのもあるけど穏やかに過ごさせてもらっていた

一昨日病院から電話があり 意識レベルが下がっていると言われ
医師から説明を受けた

誤嚥性肺炎を起こし 肺に水が溜まって 肺自体もしぼんでいた
外科的なことはリスクが高いということで
絶食 点滴からの栄養と薬で様子を見るらしいが
肺の症状が落ち着くか その前に体力が続くか 別な臓器に負担がかかるか
どれに転ぶかわからないといわれた

まさかどのくらい持ちますかね?とは聞けなかった

初めて病室に通されて顔を見たが
パンパンに膨れ 酸素マスクをつけ
何故かベットの柵にしがみついて
ゼイゼイしながら寝ていた

看護師さんが起こそうとしていたが
目を開けるのを見るのが怖いので
「起こさなくて大丈夫です」といった

私は彼が死んだら 泣くんだろうか
肩の荷が下りてほっとするのだろうか





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