あたたかい春風が、心の隙間に吹くような
川沿いが、優しいピンク色で包まれる。
蝶ネクタイをした男の子と、着物のお母さん、スーツのお父さんが少しよそゆきの笑顔で歩いて行くのが見える。
晴れてよかったねえ、とそれを眺めながら、街全体が新しい季節を迎え入れているのを実感する。
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我が家も、今日から娘の慣らし保育が始まった。
兄の送迎にほぼ毎日同伴していた彼女は、特に違和感を持たぬ様子で車に乗り、保育所へと送られた。
教室に着いて、母がせっせと着替えを引き出しに入れたり、おむつ用の袋をセットしたり、彼女の体温を測って記録している間も、なにくわぬ顔でいつものようにチョロチョロと動いていた。
そしていざ先生に抱き上げられゲートの中に入ってからも、周りの子どもやおもちゃを見回しながら、キョトンとしていた。
そう言えば、息子もそうだったよなあ、と思い出しながら、娘のズボンを干す。
息子の慣らし保育の初日は、確か木曜日だった。
2日間、息子は特に泣きわめくこともなく保育所での時間を過ごした。
だが週明けの月曜日、彼はついに状況を把握したようで、離れるときに泣くようになった。
とにかく周りのことに興味がいって、母が居なくなっていることにも気がついてなかったんだよね。
でもだんだん、毎日ここに連れてこられることに、日中は母と居られないことに、気がついたんだよね。
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いつも掃き出し窓から落ちやしないかとヒヤヒヤしながらの洗濯物干しは、あっという間に終わった。
掃除機をかけようと片付けたおもちゃたちは、定位置でじっと出番を待っている。
自分のかけた音楽だけが鳴り響き、なにかがガシャリと落ちる音も、可愛いおしゃべりもきこえない。
散らからない床と、小さな発熱体の居ない家は、なんだかとても広く感じる。
そろそろ母が居ないことに気がついたかな。
泣いていないかな。
お兄ちゃんのところに連れて行ってもらったりしてるのかな。
ごはんは食べられるかな。
久しぶりにゆっくりとコーヒーを淹れて飲みながらも、頭の中はここに居ない彼女のことでいっぱいだ。
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きっと、あっという間にこれが日常になる。
だからこそ、新しい季節を受け止める前の、この気持ちを残しておきたい。
あたたかい春風が、心の隙間に吹くような。
ここまで読んでくれたあなたは神なのかな。