【超短編】もうだれも車を取りに来ることはない駐車場


月極駐車場で車たちはおとなしくたたずんでいた。

どの車もうだれも取りに来ることはない。何日も、何か月も、もうずっとそうだった。

車というのは移動しないと存在価値がない。
だから、駐車場でずっと待つということは車にとっては緩慢に死んでいくのと同じだ。
はじめのうちは、主が現れないことをどの車も異変に感じ、そわそわしていた。
しかしもう、どの車も主との再会を諦め、眠るように、自らが自らの墓標となるように、その堅い鉄の身体をたたえていた。


こうなったきっかけとして考えられる出来事があった。
冬と春の間のある日、突然地面が揺れた。
それは車たちに、道路に飛び出した猫や子供を避けて主が急ハンドルを切った時の記憶、あるいは急カーブの連続する山道を蛇行した記憶などを思い出させた。
しかし揺れはその程度ではおさまらず、激しく、何度も襲い、車たちは自分たちが車酔いした心地で地面の上を泳いだ。
揺れが収まると、周囲の建物から人が四方八方へ飛び出し、そしてちりぢりに逃げ去っていった。
多くの車たちは自分の主を見ることはなかった。
それきり、主どころか、誰もあらわれなくなった。
そのかわり、時折、人というか全身を白い布で覆われた人のようなものがうろうろしていたが、それらは特に車に近づかなかった。
そして、それもめったに来なくなった。


誰にも忘れ去られたような数か月が、駐車場で過ぎた。
冬と春の間だった季節も夏へ向かっていった。


ひとつだけ、他の車と異なる車がいた。
ほかの車は、主との再会もとうに諦め、車としての人生も諦め、おとなしく苔むしたり、ウサギやキジがもと主の席だった場所を寝床として使うのを受けれていた。
しかしその車は、断固としてそれを拒んだ。
主がもし自分をとりに来た時に、すぐに車として仕事のできない姿になりたくなかったし、主が車内にのこしたものはそのままとどめておきたかった。
たとえこのまま死ぬとしても、車のまま、生をまっとうしたかった。
「死ぬ」が何を意味するのか、車にもよくわからなかったが。
しかし車は、腹にとどまるガソリンがドロドロに劣化し、異臭をはなち、タイヤに穴が開きゴムも弾力を失い、あらゆる機関もきしみはじめていることは感づいていた。それは、一度だけ路肩で見たことのある、人間が死んだ時の姿に通ずるものがあると感じていた。
死ぬ、といえば、主は死んだのだろうか、とその時はじめて車は思い当たった。
しかし、だとしても自分のすることは同じだとすぐ思い直した。


ついに夏が訪れた。
夏は車にとって試練の季節だ。
屋根のない駐車場には直射日光がそそぎ、車内は煮えたように熱くなる。

ヘビースモーカーの主がのこしたライターが、その車のダッシュボードにそのまま置かれていた。
猛暑日のある日、80℃を超えた車内でライターが爆発し、誰もいない駐車場で車は炎に包まれついに車でなくなった。

しかし車はうれしかった。
毎夏ライターの取り扱いに気を付けていた主は、本当ならこの駐車場にすぐ戻る気だったのだ、けして自分を見捨てたわけではなかったのだ、夏まで自分を置き去りにする気はなかったのだ。
ライターはその証に思えたからだ。



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あとがき
2018年5月、福島・帰宅困難区域に行った。


一番記憶に残ったもののひとつに、放置されていた車がある。

どの車も例外なくパンクしていて、動かしたくてもそう簡単にはその場から動かせぬ姿になっていたことに、なぜかやたらと動揺した。

まだ役に立つものが役目をまっとうせぬままに放置され、そして結局役目を果たせなくなってしまうことに、「もったいない」では言い表せない抒情を感じる。

この小説は、今月リリースされた「p?」というバンドの「silk」というアルバムの4曲目「My Blueberry Nights」の歌詞の一節「もうだれも車を取りに来ることはない駐車場」から着想を得たが、実はバンドリーダーである武田涼太郎も私と一緒に帰宅困難区域へ行った一人だ。
彼があそこで見たものをもとにこの歌詞を書いたかどうかは知らない。
しかし野暮にもこうやって歌詞の一節を短編に出来るほどに彼の歌詞は豊かだし、私情を挟める余地がある。


渋澤怜(@RayShibusawa

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inspired by 「silk/p?」 4曲目「My Blueberry Nights」の歌詞より
「もうだれも車を取りに来ることはない駐車場」

🍎iTunes 
https://itunes.apple.com/jp/album/silk/1451044727

🍦歌詞 https://www.youtube.com/watch?v=kyPgdndJJOI&feature=youtu.be (コメント欄参照)

★こちらもおすすめ「みてはいけないものでいっぱいの美術館」(同じく同曲の歌詞より着想)

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p?(旧名「ペルシアンズ」)というバンドについては、こちらもおすすめ。

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渋澤怜のおすすめ創作群 https://note.mu/rayshibusawa/m/m70e04479475e

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