【創作】小休止したとまり木で

 トン、カラララン。コト。

 昔ながらの喫茶店で私はランチの到着を待つ。座席についた際にいただいたお冷には氷が入っており、テーブルに置くたびにカラカラと涼しい音をたてた。
 生まれてから18年。一度も引っ越しもせずこの街に暮らしていたけれど、こんなに風情のある喫茶店があることを私は知らなかった。

 周りのみんなが受験勉強に本腰を入れ始めた中間テスト後。やりたい事も行きたい学校も特になく、でもこのご時世だから近くの大学は出ておこうと私も少し勉強を始めた。
 元から一生懸命勉強をする方ではないし、何ヶ月も続けられる熱はないので、早々に勉強に飽きてしまった。宙ぶらりんな気持ちを抱え、私は土曜の青空の下散歩に出かけた。
 そしてこの喫茶店と出会ったのだ。
 見た目は普通の民家の様で、控えめな看板に『喫茶とまり木』とあった。チリリンとなるドアを開け中に入る。店内は薄暗くコーヒーの良い香りが漂っていた。入り口すぐのレジカウンターを過ぎるとカウンター席には横並びの椅子が4つ。少し奥には2人がけやら4人がけやら、いくつかのテーブル席が設けられていた。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


 店主だろうか。品の良い佇まいのおばさんが声をかけてきた。
 私は軽く会釈をし、まっすぐ窓際のテーブル席に近づき腰掛ける。窓からは青々と茂る緑と青空が見え、テーブルには木漏れ日が差し込み、葉の影を落としていた。


「お決まりになりましたら呼んでくださいね」


 そう言って店主は手書きのメニューとお冷をテーブルに置いた。
 ホットサンドにチーズケーキ、オムライス、パンケーキ。クリームソーダにコーヒー紅茶が頼めるらしい。
 何も考えずに家を出てきたから丁度お腹が空いていた。私はスッと手を上げ店主を呼ぶ。


「すみません、オムライスをお願いします」


 オーダーを受けた店主は店の奥に進んで行き、私一人がぽつんとこの空間を独占していた。


 カラン。カラララン。


 手持ち無沙汰になり、コップを回し氷の音を響かせる。コップの汗はツゥーと流れテーブルに染みをつけた。


「ただいま」


 扉が鳴ったかと思うと、落ち着いた男の声が聞こえた。
 ふと顔をそちらに向けると、コットン生地の白いシャツを腕まくりしベージュのチノパンを着た少年が立っていた。


「あれ、小松さん?いらっしゃい」
「森くん?」


 突然現れた少年は、同じクラスの森翔太くんだった。


「うん、森です。ここ、俺の家なんだ。去年からひっそりカフェやってるの」
「そうなんだ、静かでいいところだね」


 ちょっと待ってて、と森くんはトタトタ裏にかけていく。奥から勢い良く水の流れる音と、これまた豪快にガラガラとうがいをする音が聞こえた。
 同じクラスだけどあまり話したことないな。


「翔太!お客様いらっしゃってるんだから扉を閉めなさい!忙しないのが丸聞こえよ!」


 オムライスを持ってキッチンから叫ぶ店主は母親の姿をしていた。


「母さん腹減った!俺もオムライスが良い!」


 そう言いながら森くんは遠慮なく私の正面に座った。コトリと私の分のオムライスが置かれ「おまたせしました」と店主は優しく微笑み、再びキッチンに姿を消した。
 学校での森くんには、大人しめだけど友達は多いという印象を持っていた。家ではだいぶ印象が変わるな。


「森くんは元気いっぱいだね」


 そう言うと目をぱちくりし少し恥ずかしそうに照れ笑いした。


「まさか家で小松さんに会えるなんて思っても見なかったから、ちょっと嬉しくなっちゃった」
「私に会えると嬉しいの?」


 出来たてのオムライスを一掬いし口へ運ぶ。卵がトロットロで優しい味がした。


「急に言ったら驚くと思うんだけど、俺、一年の時から小松さんのこと気になってたんだよね」
「は?」


 あまりの美味しさにパクパクと食べ進めていた私の手が止まる。


「同じクラスになれて凄く嬉しかったんだけど、全然接点できないし、小松さんの周りの女子ちょっと怖くて近づきにくいし。今日会えてすげーラッキー」


 本当に接点がなかったから好かれる理由が全くわからない。気になるって生物としての生体が?恋愛としてだよね?


「いきなりカノジョになってなんて言わないからさ。俺と友達になってくれない?クラスメイトじゃなくて」


 頭が大混乱している。思考が上手く働かない。


「まあ、友達なら」


 無意識に口から出た言葉に、森君はよっしゃとガッツポーズする。
 窓に目を向け、雲一つない青空を見つめる。森くんは今日の天気の様に明るいなと思った。

 受験生の夏。自分の進路に成績のこと。加えて色恋の悩みまで加わりそうだなんて、想像しただけで頭がパンクしてしまいそうだ。


「面倒なことになったかも」


 ポツリとつぶやいた声は、美味しそうにオムライスを頬張る森くんには聞こえていないようだった。


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Prologue投稿作品

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