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超短編SF小説「リアルダッチワイフ」

ご注文の品をお届けにあがりました。

「やっとか!!」

D氏は感嘆した。
窓を開けると、そこには輸送用ドローンが
大きな荷物を抱えている。

「この時を私はどれだけ待ち望んだことか。。。」

受け取りの認証をすませると、箱から出て来たのはとても美しい女性だった。

遺伝子編集技術CRISPR(クリスパー)の登場は私たちの生活を大きく変えた。
これまで遺伝子組み替えの技術は存在したが、加えて遺伝子の編集を可能にした夢のような技術である。
医学的には
将来、罹患する可能性の高い病気を遺伝子から解明することを可能にした。医療は対処療法から予防療法へと大きく変貌した。
生物学的には
ヒトは思い通りにヒトを形作る技術を手に入れたも同然なのである。
しかし、この危険すぎる技術は一部の国策企業に解放されたのみで、
表向きには医療用の用途がほとんどだった。
そう、表向きには。。。

「これがその女か。」
「あなたがDさんでしょうか。」女は艶っぽく微笑んだ。
「そうだ。私が依頼主のDだ。お前がその・・・リアルダッチワイフか?」
「そうよ。名前はd-507九十九(つくも)。そのまま九十九とでも呼んで。ところで、どうしてそんなカタコトっぽく話すの?」
「悪かった。どうも緊張すると機械的な口調になってしまう。」
「そんなんだと先が思いやられるわよ。これから先は長いんですから。」
九十九は乾いたようにまた笑う。

彼女はいく通りもの笑いのパターンを持っているようで、男はたちまち虜になった。

「昨今の遺伝子編集技術はすごいものだな。言わずもがな、
私好みの女性が送られて来た。
それもこれも奴のおかげだ。実用段階では医療向けがほとんどだが、娯楽向けのものをいち早く届けてくれたのだからな。」
と斡旋してくれた取引先の会社の幹部の顔を思い浮かべた。

「Dさん。野菜炒め作ったわよ。」
D氏は驚いた。
「今まさにお腹が減ったと思い、何か作るようお願いしようとしていた矢先である。」

仕事一筋に生きてきたD氏の乾いた人生に文字通り花を添えた。

D氏が何かを望む前に
全ての思惑が想い通りに進む。
お腹が空くと、スッと手料理が出てくる。
買い物をしたいと考えていると彼女が提案してくれる。
おすすめされる映画はどれもD氏好みのものでそれを二人でそれを見るのが日課になった。

「出来過ぎるくらいによく出来た女だ。」
D氏は呟いた。
ふと、その時彼女が脱いでそのままになっていた靴下を見つけた。
D氏はそれを見て
自分の内側から湧き上がる情動を抑えきれなくなっていた。
靴下を嗅ぎ回し、染み付いた汗の匂いを嗅ぎ
絶対的な彼女の存在に風穴を開けた心持ちがして、愉悦した。

彼女の醸し出す雰囲気・手つき・表情
そのどれもが変えがたいほどの
愛おしさがあり、彼女のことを考えていると気が狂ってしまいそうだった。

だが、
ダッチワイフとの
踏み込んだ行為は、禁止事項のうちのひとつである。

しかし、最早、D氏に理性は残っていなかった。

その夜D氏はこう切り出した。
「なあ、九十九 今夜 外にご飯 どうだ?」

その日は珍しく九十九はD氏の気持ちを察することが出来ず、驚いた表情を浮かべた。
しかしそれもつかの間
「いいわ」と言葉少なに返した。

イタリアンレストランでパスタのコース料理を注文する。
「味はどうだ?」とD氏が
聞く前に、九十九は
「美味しい!」と言う。
パスタをくるくると器用に巻く姿に酔いしれ、D氏は自分が食べるのも忘れていた。

最後にトマトのサラダが登場した。
トマトを彼女がほおばると、
果汁が口いっぱいに垂れ、それを見つめていると彼女は妖艶な笑みを浮かべた。
D氏の性的衝動は最早臨界点に達していた。

帰途、D氏は不意に立ち止まった。
目の前にホテルがある。
D氏の目的はもちろんここにある。
外食は口実に過ぎない。
「今日、その、しないか?」
「するってなにを?えっ?もしかして・・・いやっ!いやよ!あなた、知ってるでしょ?その、、、、規則よ!規則!!
取り決めに反してしまうわ!」
彼女の見たことのない剣幕に一瞬たじろいだが、D氏も怯まない。
「わたしは依頼主だ。
主人の言うことがきけないというのか!?
いい加減にわたしをいたぶるのはやめろ!九十九のことを考えていると頭が溶けてしまいそうだ。胸はちりちりと痛む。
苦しい苦しい苦しい苦しい
助けてくれ!!!」
D氏は九十九に泣きついた。

「そう。分かったわ。」

その瞬間、
D氏は後ろに仰け反った。
生暖かいものが額を流れた。
遠ざかる意識の中で、
九十九の声が聞こえる。誰かと電話していた。
「彼はもうダメだわ。やはり、遺伝子型アンドロイドでは、人間の内面から湧き出る性的衝動いわゆるリビドーが抑え切れず、自己崩壊してしまうわね。」
彼女は哀れむように微笑んだ。
「!?どう・・・いう・ことだ?私・・・がお・ま・えをたのみ、、、」
九十九は電話を切るとこう言った。
「最後、死ぬ前に教えてあげるわ」
「あなたがアンドロイドで、
私は人間。
依頼主はわたしなの。
なぜかって?
AIがここまで生活に行き届いているとね。
退屈なのよ。
全てがコンピューター上で計算され、遅刻する確率・男と出会う確率全てが数字上で計算され予測される。
あなたの変化を観察してるのか楽しかったわ。
まさか私の靴下に手を出すとわね。
しまいには、今の冷め切った現代人では
決して見られない心からの性的衝動。心震えたわ。」
女は満足そうな笑みを浮かべている。
「でも、ゲームはここでおしまい。
わたしアンドロイドとの特別な関係は望んでないの。」

「どうりで、、、、わたしの、、きもち、、を先回りできるわけだ。。。
全ては予定調和だったというのか。。
わたしの小さな頃の思い出も、
あくせく働いてきた記憶も、
君とのかけがえのない時間も、、」
全てを悟った瞬間に既にもうD氏は
息絶えていた。
彼女の笑顔を見られた
満足に心満たされながら。

女はニコリともせず、その場を後にした。

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