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展示をすることに対して。


今回の企画展ですが、ワタシ的には色んな想いがあるんです。ちょっとそれらについて書いてみます。

アートって今とても注目されてるように感じます。オークションをやれば新人の作家でさえ高値がついたり、小さいギャラリーもあちこちで出来てて、アートなんちゃらってつくものも多い。私の中ではタリーズがタピオカをやりだした感じをなんとなーく思い出したりもします。
私的にはプロではないし、真面目な顔してその言葉を使っているわけではないけれど、ふざけているわけでも馬鹿にしているわけでもないです。

アートとすると人に触れやすくなるからです。

アンダーグラウンドで生きるモノってその中で生きる良さがある。
当然その場合、限られたものにしかその情報は流れない。
その良さはもちろんあるけれど、その閉鎖感をいい感じで取り除き、取り扱いたいとずっと思っていました。

そういう場合、手っ取り早くネガティブにならないのがアートなのかなという。

オーバーグラウンドに持ってきてもなお人を選び、理解しにくいもの。
そういう異質な感じってFetishというカルチャーには存在していると思っています。

バーなどでの作品展を企画したことは多々あっても、黒い炭に他の色を垂らすようなもので、良いときもあるけれど広がらないもどかしさもある。
それと比べるとギャラリーという場は開けた場所。
ドレスコードもない、酒は飲まない、夜は出かけない、金がない、などということもない。一般的でないと駄目だという認識の人も世の中にはたくさんいて、そういう人たちの言い訳にもならない。

そんなわけで、色々な人がターゲットになる場でこの限られたテーマを扱うということは、ずっとアンダーグラウンドで生きてきた私にとっては大きな意味があるんですね。
変わったもの好きの人たちに、ほ〜ら、扱いにくいでしょう?と言いたい気持ちもあるし、理解できますか?という気持ちもある。アナタの中にもある欲望をくすぐりたい、という気持ちもあれば分かったこと言ってんなよというような気持ちもあるかな。

作家たちの作品は私達にとっては大きな意外性はないけれど、意外性のある者たちへは拘束力がある気がしています。

メッセージ性のあるものはその答えだけが正解であり、自由がない、つまりは拘束である、というところは展示の大きなテーマです。




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