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「軍と兵士のローマ帝国」 △読書感想:歴史△(0020)

古代ローマ帝国についてその軍制という視点から社会的・政治的構造を読み解く一冊です。

「軍と兵士のローマ帝国」
著 者: 井上文則
出版社: 岩波書店(岩波新書)
出版年: 2023年

<趣意>
歴史に関する書籍のブックレビューです。 対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。 新刊・旧刊も含めて広く取上げております。


ローマのコロッセオ
コロッセオ/ LoggaWigglerによるPixabayからの画像

<構成>

序章・終章を含めて全7章の構成になっています。大きく言うと4つに分かれているものと思われます。
序章ではローマ軍の編成とその変容を見ていくことで古代ローマ帝国の全体を通史的に俯瞰していくことが述べられています。
第1章では初期ローマ帝国における市民軍から始まる帝国軍の形成が説明されています。
第2章・第3章では常備軍化した前期ローマ帝国における帝国軍の編成と社会的・政治的機能が解説されています。
第4章・第5章では後期ローマ帝国と西ローマ帝国の崩壊のなかで社会構造と政治構造の大きな変化に合わせた帝国軍の大きな変容について分析されています。
終章ではローマ史というよりもより広いユーラシア史という視点に立ちながら、東ローマ帝国が生き延びてそこで帝国軍もなぜ維持機能を続けることができたかの洞察がなされています。


ローマ軍兵士
ローマ軍兵士/ dozemodeによるPixabayからの画像

<ポイント>

(1)精強な軍隊としてのローマ帝国軍の多様な役割
帝国軍が単なる軍事力としてだけでなく、官僚制度が発達していなかったローマ帝国のなかで様々な面において行政的・社会的な国家機能を果たしていたことが説明されています。
(2)ユーラシア史という視点からのローマ帝国の存在
ややもすると現代的な感覚からおもにヨーロッパ的な視点でローマ帝国を考えがちですが、最大版図の頃やその前後は領土の半分はいまの西アジアや北アフリカを占めていました。かつてのペルシャ帝国やその周辺地域です。その意味でもユーラシアという広い視点からのローマ帝国の理解が必要であることが説明されています。


カエサル暗殺
「カエサルの死」/ Gordon JohnsonによるPixabayからの画像

<著者紹介>

井上文則
早稲田大学文学学術院教授。専攻は古代ローマ史。
リンク先: 早稲田大学研究者データベース
そのほかの著作:
「軍人皇帝のローマ 変貌する元老院と帝国の衰亡」(講談社)
「シルクロードとローマ帝国の興亡」(文藝春秋社)
など


アウグスティヌス
アウグスティヌス/ LeopicturesによるPixabayからの画像

<ローマ帝国軍の精強さの本質とは何だったんだろうか?>

一言でいうと「職業軍人によって構成された常備軍」だったということになるのでしょうか。
もしかしたら古代ローマ帝国の軍隊は世界史上初の“本格的に組織化された大規模な常備軍”だったといえるかもしれません。もちろん古代ローマ帝国において初めから最後まで常備軍が存在していたわけではありません。共和制から帝政への変容に伴い、給料をもらう職業軍人によって構成される軍隊に組織化されていったようです。

これは周辺諸国との戦争に打ち勝つためにより精強な軍隊をつくろうという考えだけでなく皇帝が軍人たちの支持や協力を得るためにエスカレーションしていったようにも思えます。こうして安定した職業や地位を得て大きな報酬を与えてくれる帝国のために「ガンガン働いてやるぜ!」という意識や戦意の高さがローマ軍の精強さの本質だったのかもしれません。

ところでローマ帝国の皇帝の地位は必ずしも世襲されたわけではなく(血統も重視されていましたが)、有力な政治家や軍人たちが自らの実力で帝位を獲得することもありました。そのためには兵士たちの支持や協力が重要だったようです。その結果、現代の国民選挙制の民主主義国家で選挙民相手のバラマキ政策でその支持を得ようとするように、軍人たちへの報酬の高額化、地位や権力の向上といったバラマキ政策が行われることもあったようです。

帝国の領域が拡大を続け、大雑把にいうとローマ帝国が多民族国家となっていくと、常備軍ではあるものの、そもそも帝国軍やローマ国民軍のような意識は薄れていったのかもしれません。どちらかというと傭兵のようなカタチになっていったり、忠誠心は帝国よりも将軍個人へ移り変わっていったように思えます。

その結果、「そもそもローマ帝国でなくても良くない?」「頼りになる親分=将軍による王国でもよくない?」といった意識になっていったことがローマ帝国(西ローマ)が滅亡(消滅?)した一因になったんじゃなかろうかという気がしないでもありません。


<私的な雑感>

ローマ帝国軍という視角からローマ帝国の社会・政治そして歴史を読み解くという点が最大の特徴であると感じました。ローマ帝国軍(常備軍)はローマの土木建築やローマ法などとならびローマを発展に導いた代表的な発明のひとつといえるのではないでしょうか。

新書という制約もありますし、そもそもの論考の出発点が異なりますので、ローマの芸術・文化や政治構造などについて多面的に考察がされているわけではありません。ここは割り切って読解する必要があると思います(著者もそのつもりだと思います)。

ローマ帝国軍そのものの特徴を紹介したりローマ帝国の戦争を解説する著作はこれまでも数多くあると思いますが、帝国軍そして帝国の政治・社会と歴史をここまで強く直結させて考察する書籍はあまりなかったかもしれません。とくに新書版で手軽に大きく把握できる一冊は珍しいと思います。時系列的に帝国軍の変遷とローマの歴史が並列して論述されている点もとても分かりやすいと感じました。

帝国軍がいかに深く強く大きくローマ帝国の構造そのものに浸透し下支えをしていたのかを考えると、誤解を恐れずに言いますと、たしかに「ローマ帝国軍=古代ローマ帝国そのもの」といっても過言では無いのかもしれません。

たいへん勉強になりました!!


カエサル彫像
カエサル/ Rudy and Peter SkitteriansによるPixabayからの画像

<本書詳細>

「軍と兵士のローマ帝国」 (岩波書店)

<補足>

ローマ軍 (Wikipedia)

<参考リンク>

著者からのメッセージ (たねをまく/岩波書店)
書籍「古代ローマ帝国軍非公式マニュアル」 (筑摩書房)
書籍「シルクロードとローマ帝国の興亡」 (文藝春秋社)
書籍「興亡の世界史 地中海世界とローマ帝国」 (講談社)
書籍「ローマ帝国衰亡史」 (筑摩書房)
書籍「古代ローマ人の24時間」 (河出書房新社)


<バックナンバー>
バックナンバーはnote内マガジン「読書感想文(歴史)」にまとめております。

0001 「室町の覇者 足利義満」
0002 「ナチスの財宝」
0003 「執権」
0004 「幕末単身赴任 下級武士の食日記」
0005 「織田信忠」
0006 「流浪の戦国貴族 近衛前久」
0007 「江戸の妖怪事件簿」
0008 「被差別の食卓」
0009 「宮本武蔵 謎多き生涯を解く」
0010 「戦国、まずい飯!」
0011 「江戸近郊道しるべ 現代語訳」
0012 「土葬の村」
0013 「アレクサンドロスの征服と神話」(興亡の世界史)
0014 「天正伊賀の乱 信長を本気にさせた伊賀衆の意地」
0015 「警察庁長官狙撃事件 真犯人"老スナイパー"の告白」 
0016 「三好一族 戦国最初の『天下人』」
0017 「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」
0018 「天下統一 信長と秀吉が成し遂げた『革命』」
0019 「院政 天皇と上皇の日本史」


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(2023/06/14 上町嵩広)

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