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思いの発露

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1000字の制限なく綴ったエッセイたち。伝えたいことを削らずに、まっすぐ書いています。
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名のない僕とピンポンちゃん

名のない僕とピンポンちゃん

祖父母の姉妹のことを、「おおおば」(大伯母あるいは大叔母)という。祖父母であれば、おじいちゃん、おばあちゃんというのが普通だし、おじおばであっても、そのまま続柄の通りに呼びかけて違和感はない。ただ、「おおおばちゃん」というのは、いささか発音しにくいし聞きなれない。

当の私は、大伯母の家のチャイムが特徴的だったことから、小さい頃から「ピンポンちゃん」と呼んでいた。したがって、ここからもピンポンちゃ

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会社員間奏曲

会社員間奏曲

私の目覚まし時計は、平日になると午前5時10分に飽きもせず鳴る。大変迷惑なことだ。人間の安眠を妨害するのが目覚まし時計の役割とはいえ、あまりにも薄情ではないか。無機質なこの音を耳にするたびに、私は八つ当たり的にあらゆる機械類を恨む。人工知能の目覚ましい発展をも呪いたくなる。

家を出発するのは午前6時過ぎである。冬場は太陽さえまだ眠っている。日によっては、前日に帰宅できなかった酔客とすれ違ったりす

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A Plenty of Empty

A Plenty of Empty

忘れ物を拾いに行く旅をした。それだけのことを、とりとめもなく書いてみよう。なぜなら、もう忘れ物はないからである。落とし物もない。清々しいじゃないか。



「『恋』の英語はLoveなの? Loveは『愛』じゃないの?」

大学時代に塾の講師のアルバイトをしていた当時の私が、もしも生徒から尋ねられたなら、自信をもってこう答えただろう。

「どちらもloveで通じるよ。ひとを好きだ、という気持ちはl

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2021年度ENEOS童話賞 落選作品 『元太の草笛』

2021年度ENEOS童話賞 落選作品 『元太の草笛』

自分の文章が上手だと勘違いした男が、畏れ多くも50年以上にわたる由緒ある童話賞に応募した際の、落選原稿のご紹介です。今読み返すと、落選さもありなんという童話ですが、手元に秘めておいても疫病神になりそうなので、2年越しにてここで成仏させてあげることにします。

* * *

遠いむかしのお話です。

山あいの小さな村に、今年も春がやってきました。村人たちは畑をたがやしたり、田んぼにイネを植えたりと、

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さしのべるということ

さしのべるということ

いつものように1,000字でまとめようかとも思ったが、今回の場合はそれでは不適当だと感じた。思いのままに綴っていくことにしよう。時間のある時にお読みいただきたい。

窮屈なTwitter空間今回の投稿のきっかけは、とあるtweetを偶然目にしたことだった。本稿投稿(2023年4月11日23時07分)の時点はTwitter上で一般に公開されていたが、現在はアカウントが非公開になっており、確認できなく

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記憶の地層

記憶の地層

岩石が、風化・侵食・運搬・堆積というサイクルを経てできた層を、地層という。人々の記憶も、同じなのだろうか。



10年が経った。

少なくとも、来月小学4年生になる子どもたちから下の世代にとっては、東日本大震災が机上の歴史になっている。一生あのような体験をせずにすむのなら、それに越したことはない。ただ、2011年3月11日14時46分を起点に、今にも続く大災害が発生したという事実は、彼らにも覚

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水平線 ―― 政治と豪雨と

水平線 ―― 政治と豪雨と

大学時代の専攻だった法学科の先生が言っていた言葉が今でも印象に残っている。

「法律家は政治を語らない。それぞれ政治的な考え方は持っていても、自ら主張することは少ない。
 もしも法律家が政治を語るときがあれば、何かの大きな流れがあると思っていい。かつての学生運動もそうだった。東日本大震災の後もそうだった。
 そして法律を学んでいる君たちは、法律家を名乗る権利があるし、名乗る義務がある」

憲法の教

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空しき夜景

空しき夜景

「許さないとは、祈りなのか。」という一文から始まるnoteの投稿に出会ったのは、去年の7月のことだった。端的で抽象的で、非常に印象的な表現である。その投稿の中では、この文が中盤に1回と終盤に2回の合計4回繰り返される。しかし、そのニュアンスは分かったような気になれても、自信をもって理解できたとは言えず、これまで何度もこの一文を自分の中で反芻しながら今に至っていた。

今日、自分が無思慮に犯したある

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「時がすべてを解決する」なんて誰が言った?

「時がすべてを解決する」なんて誰が言った?

先週の金曜日のことだった。仕事が長引き、一週間の疲れもあって、帰りの電車も混んでいた。敢えて本を読む気にもなれずに、何の気なしに私用のスマートフォンの画面を点ける。そこには、ひとつのニュース速報が届いていた。

その見出しを、おそらく私は無表情に読むことはできなかったのだろう。周囲の人々の視線を感じた。無意識に息を吸い込んでしまったのか、目を見開いてしまったのか。とにかく、私の胸の奥の方で何かが大

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心ゆたかになれたなら

心ゆたかになれたなら

先日、ふとnoteのお題ページを訪れたところ、「 #ゆたかさって何だろう 」というテーマを見つけた。どこかで見たことのある一文だと思って数日にわたって考えていたが、ようやく答えが出た。学習塾で講師のアルバイトをしていた時に、当の私が生徒に対して課した作文のテーマと同一であったのである。



当時、私は主に中高生に向けて英語や数学を中心に教えていた。成績の優劣が出てしまうのは避けようもないが、生

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途切れた思い

途切れた思い

またこの日が巡ってきた。10度目の3月11日である。

幼少の頃から暮らしてきた仙台を離れたときから数えても、既に7年が経ったことになる。それでも、ことあるごとに今でも起こる心のざわつきに抗うことはできないし、傷跡は決して癒されていない。ただ、今まで誰にも話したことのない胸の痛みを、ようやく外に吐き出す勇気が生まれた。それは同時に、9年にわたって抱き続けた自責の念が、私を動かしたとも言えるかもしれ

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器用になんて生きられない

器用になんて生きられない

「仙台、行っちゃう?」

突然、彼はそんなことを言い出した。

昨日、久しぶりに高校時代の親しい友人と会った。たまたま午後の仕事が休みとなり、ふと思い出して彼に声を掛けてみたのである。大学院生の彼は「会わないわけないだろ」と言って、何のためらいもなく私に会いに来てくれた。

待ち合わせの駅の近くにあった居酒屋に入り、ビールを注文した。つまみは、キュウリの一本漬けとソーセージの盛り合わせ。やや強い塩

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Thank you, Piglet

Thank you, Piglet

幼い頃、「クリストファーロビン」と呼び掛けないと返事をしない、と親戚に公言していた時期があったらしい。私自身はあまり覚えていないが、みんながそういうのだから、間違いないのだろう。

物心ついた頃から、『くまのプーさん』をビデオで観ていた。特徴あるキャラクターの中でも、特に思い入れがあるのはピグレットである。怖がりで弱虫なピグレット。どこか、当時の自分自身と重ね合わせていたのかもしれない。友だち想い

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お昼ご飯を食べているときに思いついた歌詞

お昼ご飯を食べているときに思いついた歌詞

短い昼食の間にぼうっと考え事をしていると、こんな歌詞がふと思い浮かんだ。そして忘れないうちに手元の紙の裏面に書き残した。

不意に遠くへ行きたくなって
この街に辿りついた
探しものがあるわけでもないのに
まして君に会えるわけでもないのに

君の微笑みが遠すぎて
どこまでも続く空さえ疑ってしまうんだ

あの日初めて二人で過ごした部屋の
カーテンの隙間から漏れた朝陽のように
君の気づかぬところで君のこ

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