見出し画像

人を育てる意識が希薄な社会。


成り手が居ないなら、育てる他ない。

 私は自家用車を所有していないため、旅行する際には必ず公共交通機関を利用するが、地方の電車やバスでは、どこも運転手募集の中吊りやポスターを目にする。それだけ成り手が不足しているのだ。

 特に資本力の乏しい地方の中小私鉄やバス会社ともなると、自前でドライバーを養成するだけの余力が残っていなかったりするため、免許保有者限定の求人が出ていることもザラにある。

 要するに、鉄道であれば700万円以上も要する免許取得費用は、資本力のある大手に持って貰い、そのおこぼれに預かろうとする魂胆で、対価を支払わずに便益だけを享受しようとしている意味では、フリーライダーと大差ない。

 本来、成り手が居ないのであれば、自前で育てるのが筋だと思うが、解雇規制が厳しいが故に、何処の馬の骨かもわからない未経験者を採用して、労働生産性に見合わない賃金を支払い続けるリスクを負うくらいなら、経験者採用に走るのは経営者としては真っ当な判断だろう。

 昨今の総合商社の採用傾向ひとつ取っても、新卒一括よりも、中途に力を入れている印象が強い。穿った見方をするなら、ポテンシャルを見込んで採用し、長期間に渡って能力開発をするだけの余裕が、社会全体から抜け落ちつつある過渡期とも捉えられる。

 しかし、これでは未経験の職種に挑戦する際のハードルがより一層高くなり、長期目線では経験者の母数が減っていき、経験者は取り合いに、未経験者は総スカンで二極化する負のスパイラルに陥る可能性が高い。

 経験を積むためには職に就く必要があるが、そもそも経験がなければ採用されない世の中になると、学校を出た直後に就いた職種で、キャリアの大枠が決まってしまい、新卒一括採用のデメリットでもある再挑戦できないキャリアシステムがより一層強固になる。

転居感覚で転職できる流動性は欲しい。

 つまり、いくら国策でリスキリングもとい学び直しを推進したところで、雇用の流動性が伴わなければ、再挑戦できないキャリアシステムであることは変わらない。

 イス取りゲームのイスが空かない以上、休職や退職などで、ご丁寧にイスを空けるリスクを取ってまで、大学や大学院で学び直すインセンティブがなく、結果として、短時間でやった気になるだけで内容がペラペラの、意識高い系自己啓発ビジネスに公金が垂れ流されて有耶無耶になるのだろう。

 私が昭和99年を地で行く典型的な日系企業でしか職務経験がないため、偏った意見であることは自覚しているが、就職=就社、転職=裏切りみたいな風潮はなくなるべきだと思う。理想としては、転居と同程度の心理的、金銭的ハードルが望ましい。

 より条件の良い物件(求人)が出てきたからお引越し。今の環境は何かと窮屈だからお引越し。隣人(配属)ガチャが外れたからお引越し。

 契約や行政の手続きをする手間があったり、都市部だと契約の都度、礼金(敷引き)を支払うことが事実上のペナルティかも知れないが、少なくとも転職のハードルよりは低く、引越し感覚でジョブチェンジできるなら、今ほどの閉塞感はなくなるだろう。

 その代わり、米国社会のように不景気の度、いつレイオフされるか分からず、向こう数年の資金繰りに気を揉むようになる可能性も無きにしも非ずだが、安定した低空飛行な低賃金で、安く買い叩かれるよりはマシな気がする。

取らんと欲するものは、まず与えよ。

 見出しは言わずと知れた老子の言葉である。個人的には「損して得取れ」の方がしっくり来て好きだが、双方に共通するのは、身を切らずに便益が得られるほど世の中は甘くない。身の程を知れ的なことを言いたいのだろう。

 生命保険の営業で息の長い人は、営業の段階で、ぼったくり保険の契約料を支払っても良いと思えるだけの便益(人柄、専門知識、親身に相談してくれる等)を与えている人が多いと感じる。

 新入社員の無知につけ込む形で契約させても、契約者からすれば毎月結構な額の金だけ取られて便益がない訳で、3年後くらいに担当が変わりました。みたいな状態で担当者が有耶無耶になると、似たようなものをネットで契約した方が遥かに安上がりだし、FPのリスク管理の知識を身に付ければ、そもそも生命保険が必要かも怪しい。

 銀行で買える投資信託もそうだが、対面販売の特性上、金融商品の運用コストに人件費が乗っかる訳で、ネット証券で買える投資信託にスペックで勝つことは不可能である以上、そのぼったくり手数料に見合うだけの便益を先に与えなければ、それらが選ばれることはない。

 転職市場もそれと同様だ。いくら人手不足を嘆いたところで、いざ採用選考の段階に移ると、大卒採りたくない。経験&資格保有者しか採りたくない。若い人しか採りたくない。と選り好みするが、そんな高いハードルを課しても成り手が集まるような会社であれば、そもそも退職者が出ないだろうから、人手不足になることがない。

 現在、人手不足もとい奴隷不足で頭を抱えている業界・業種は、応募者を選り好みしたら集まらない程度の業界・業種なのだから、身の程をわきまえて自分たちで人材育成をするくらいの気概がないと、求職者から相手にされずに人手不足倒産するシナリオが、未来に現実化するだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?