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家族の彼方

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家族の彼方  9

家族の彼方  9

4月1日の顛末はこうだ。朝食後、いつものように食事時だけ居間に来る④弟が2階の自室部屋に上がってから、母さんがメソメソ泣いて、父さんに『あの子のこれからの生活が…』と訴えるにあたり、堪えられなくなった③弟は④弟の部屋の戸を叩く。二人で、一月の会議以来、本人は何もしていないようで、結局④弟言うには、今生きているのは、自殺をしたら親を悲しませるからであって、親が死んだら、自殺すると思う、といったと言う

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家族の彼方  8

家族の彼方  8

この数ヶ月、いろいろあった。正月時点では俺も求職活動はほとほと疲れて、唯一来てくれと話をしてきた銀座のタクシー会社に入る事をほぼ決めていた。コロナの後のインバウンド復活を狙って人員拡大を目論むタクシー業界は出だし3ヶ月の給与補償を目玉に年収800万も夢じゃないと喧伝していたし、銀座エリアの高級な客層をゴルフなどに連れて行くハイヤードライバーなら自分の英語力が活かせると思ったのだが実際入ってみると、

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家族の彼方 7

家族の彼方 7

 駆け足で秋田へ向かった日々から一ヶ月になろうとしてる。俺が去ったあと③弟も一旦帰るとベルギーに戻った。その後向こうの検疫でオミクロン陽性になったが無症状だと言う。癌診断された母は年明けに数日入院して点滴用のプラグの様な物つけてもらい抗がん剤治療が始まった。
 今日突然短い着信があったので父に連絡するも何やらスマホの操作ミスで、渋谷駅のホームの騒音にかき消されないほどの父の声は耳が遠い人のボリウム

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家族の彼方 6

家族の彼方 6

この本は中々興味深いものだった。地元の名士たちの活躍を明治から昭和にかけて詳しく書いてある。自分の知った地域やクラスメイトのこの地独特の苗字と結びついて、この土地の成り立ち、我が家系が立体的に浮かび上がる感覚。直接的な親戚ではないにしろ、同じ苗字を持つ先人たちは恐らく何処かでつながっているのであろう。

1/2が日曜で吹雪。夜には雷も鳴った。③弟が車庫前の雪を掻いたが、完全にアイスバーン化した路面

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家族の彼方 1

家族の彼方 1

1:
駅まで迎えに来てくれた③弟は余りに母に似ていて一誰かわからない。家族の誰かという事はわかるのだが不思議な感覚だ。駐車場まで歩く彼の後ろを歩きながら徐々に心の中の周波数が調整される。年末にベルギーから飛行機で帰ってきていた③弟に間違いない。
 道すがらウチの状況について話してくれる。俺も今月のバイトで感じた事などをマルクス資本論的な解釈で話す。宅配便のバイトを長くやっても配送業の経営者にはなれ

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家族の彼方 5

我が家の脱衣所にはタオルかけが6-7くらいあり、それぞれに大小のタオルがかかっている。どれか乾いてるやつをとって体を拭き、場所に戻す。それが普通では無いかもと思ったのは結婚して嫁さまを実家に連れて行ったあたりのこと。そんな家族の常識非常識について話題にしていると、③弟が、家族だけだしどうでもいいのでは無いか、もう他人は来ないわけだし、と言うのを聞くのは少し寂しかった。母さんもこうなるとこのうちも終

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家族の彼方 4

家族の彼方 4

幸いな事に食欲はあってよく食べる。しかし毎回箸を逆に持つので持ち直しさせないといけない。また、菓子に酷く執着していて放っておくと手が止まらない。以前はまめまめしく、帰省した俺の食事を見て、おかわりは要らぬか、お茶を飲むかと構ってくれたその姿がもう無いことは酷く悲しくて思えた。
話はできる。ただこちらが何か質問を投げかけても黙り込むことが時々ある。言いたいことが言葉に出来ないのか。あるいは言いたい事

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家族の彼方 3

家族の彼方 3

病院嫌いの母だった。定期検診もまともに受けた事がないようだった。人間、その時が来れば死ぬだけよ、そう言っていた。検査行きなよ。そう言う事はもう言う事は出来ない。脳梗塞の症状で言葉が出なくなり、病院に行って処置したが、検査の検査ステージ4の癌が見つかった。転移が広くて取りきれないので手術は無し。三週間ほどの入院の後、自宅に返されたのはもう先がないという事なのだろうか、その答えは父に聞いてもはっきりは

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家族の彼方 2

家族の彼方 2

2:
母に会ったらどうしようか。ハグしてあげよう。手を握ってやろう。そう思っていた。いつものように建て付けの悪い玄関引き戸を開けるとただいまと言った。冷たい廊下の向こうに居間がある。前に来た時はテーブルがあった場所に介護用のベッドがあり半身起こしている母は痩せて小さくなっていた。ハグし、手を指を握る。横浜から。家族四人分のハグだよ。母は少し泣いた。横浜から秋田まで六時間と少し。この距離は遠く、何か

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