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短編小説 妖怪サトリ退治

「あの山です。あそこの蕎麦畑に蕎麦を穫りに行ったら、ソイツが小屋に居たんです」

 クライアントが西の山を指差して言った。
「肌は赤茶けていて上半身は裸、下はもんぺみたいなズボンに、草履を履いてました。背丈は大っきめの男くらいで、顔つきがもう人間じゃないような顔をしてました」
 続けてその妖怪の説明をした。
「言い伝えでは、あの山にはかつて人の心が読めるという化物が住んでたって話です。蕎麦は大事な稼業なのに、私はもう怖くて行けなくなってしまって……。先生、どうかよろしくお願いします」
 そう言ってクライアントは深々と頭を下げた。

 人の心を読む妖怪。話が本当ならそれはサトリだろう。この村の山にはかつてサトリがいたという伝承があるが、はたして今回クライアントが見たのは本当にサトリなのだろうか。ホームレスが住むには山は過酷な環境だが、人を妖怪に見間違えたという可能性もなくはない。裸で生活し、風呂もろくに入っていない生活ならば、日焼けと汚れで赤茶けた肌にも見えるだろう。髪も手入れしていないだろうし、背丈も人と変わらないならばますます疑わしい。
「わかりました。私がなんとかしてみましょう。契約どおりそれの正体をつきとめて、妖怪ならば退治してみせます」

 私はそこそこ名の売れた霊能力者だ。今回の依頼はクライアントの蕎麦畑に出る妖怪退治。百万の報酬の仕事だ。
 おそらくクライアントの見間違えだろうが、相手が人間であっても追い払ってしまえば報酬はいただくことになっている。
 私は意気込んで山に向かった。

 蕎麦畑までは自前のSUVを走らせた。畑の管理小屋の脇に車を停め、小屋の様子を見る。どうやら今は無人のようだ。
 調査及び退治にあてられた期間は二泊三日。泊まりがけの調査のため、とりあえず私は小屋の中に食材や電灯などを運びこんだ。
 小屋に特に生活臭はなかった。ホームレスが無断使用しているならば、人の生活の痕跡が見られそうなものだが、特にそういったものは見あたらない。
 食材、調理機器、電灯、シュラフなどを運び終えた私は、蕎麦畑の周辺を散策した。

 今朝まで雨が降っていたので、日陰になっている地面にぬかるんでいる場所があった。
 そこで奇妙な足跡を発見した。
 大きさは人の足跡ほどだが、靴を履いていない。五指が確認できるが猿のような指の特徴はなく、一般的な人の手のサイズと較べると長さが倍ほどある。
 足跡の主がホームレスであるならば、いくらなんでも靴を履いているだろう。足跡を追ってみたが、藪を抜けた先は乾燥した地面になっていてそれ以上は追えなかった。
 この奇妙な足跡の他、イノシシとシカの足跡が見つかった。幸い熊はこの付近にはいないようで私は少し安心した。明日はあの奇妙な足跡の向かった方向に探索を進めることにして、今日は小屋に戻って休むことにした。

 小屋で夕食を摂り、この付近の生物をネットで調べてみたところ、シカ、カモシカ、イノシシ、サル、タヌキ、オコジョ、リスが生息しているようだ。熊がいないのは幸いだ。万が一のための備えも一応用意してきたが、どうやら使う場面はなさそうだ。
 サトリの正体が獣だとすると、この中ではサルの可能性が高い。しかしまだ油断は禁物だ。ホームレスや狂人の可能性も捨てられない。それに、本物の妖怪の可能性もある。
 私がサトリの正体を思案しているところ、小屋の外でガサガサと何かが移動する足音が聞こえた。獣だろうか……?

「獣でねえよぅ」
 返事があった。声ははっきりと人語を放っていた。やはりサトリの正体は人か。いや、待てよ。私は "獣だろうか" と声に出して言っていたか?
「声に出しちゃあいねがったよ。おらが頭ン中の言葉を読んだんだぁ」
 鳥肌が立った。まさか、本物か?
「入っぞぉう」
 小屋の扉がギィと鳴る。私は小屋の中央から入口を凝視した。
 小屋に足を踏み入れたそれは、人ではなかった。頭があり胴体があり四肢があり、概ね人の姿に似ていたが、手足が不自然に長く、猿のような毛が背面にびっしりと生えている。頭髪は長く、腰のあたりまで伸びている。

「おらがサトリだぁ。ほんとにいると思わなかったべ?」
 思わなかった。顔には鼻が無く、鼻の位置に穴が二つ開いている。眼は小さく口が大きい。奇形ではなく、こういう種なのだと直感で感じとれた。
「夜は冷えっからなぁ。ぬくくなりに来たぁよ。あと、腹も減ったしなぁ」
 サトリがにたりと笑った。
 敵意は無いのか? しかしクライアントの依頼だ。妖怪が出るとあってはクライアントの仕事に支障をきたす。なんとかコイツを退治しないと。
「はあぁ? おらを退治だぁ? おめぇみてえな人っ子におらがやられるわけねぇのに」
 サトリはそう言って笑った。
「おら蕎麦なんか食わねぇよ。蕎麦の脇にある稲やら芋やらはいただいてっけどよぉ。まぁそのうちその人間も食っちまうつもりだったけどよぉ。それとお前ぇもなああぁ」

 こいつは人を食うつもりか。どうやら私も危険のようだ。なんとしてでもこいつを倒さねば。

「しかし妖怪、畑の主はお前が居着くと困るとよ。ここはひとつ俺に退治させてくれや」
 私はサトリに言った。
「あぁ? やられるもんかよ。おめぇの考えなんか筒抜けなんだよぅ。どれ、んじゃあ今日はとりあえずおめぇを食っちまうかなあ……」
 サトリは気分を害したようだ。そしてコイツは説得も通じなさそうだ。邪悪なものを感じる。
 私が戦闘を決意すると、サトリも臨戦態勢に入ったようだ。私も霊能力者の端くれだ。妖怪ならばとりあえず……。

 私は印を結び、唱えた。
「オン、アビラウンケンソワカ!」
「はぁ? なんだそりゃ?」
 効かない。では別の法だ。
急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」
 私は護符を飛ばして叫んだ。
「全然きかねぇなぁ」
 ならば……。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
 唱えつつ、九字を切った。
「何言っても無理だなあ、そんなもんおらには効かねえよ」
 ヤバい。呪文の類いはことごとく空振った。
 さて、どうしたものか。
 私は思案した。
 たしか伝承ではサトリが家に入ってきて追い詰められた際、囲炉裏の栗がたまたま弾けてサトリに命中して『人間は頭で考えなくても攻撃できる』と脅威を感じて逃げ出したという。
「そうそう。んな事もあったなあ。どうする? 今日は囲炉裏も栗もねぇみてえだけどよぉ」
 サトリが笑った。
 思考の枠外からの偶発的な攻撃が可能ならばいいのだろうが、そう都合よくアクシデントが起こるはずはない。
 しかし考えが読まれるというのなら、行動とは別のことを考えることができればよいのだ。
 私は思考のスイッチを切り換えるべく努力してみた。

「おめぇ……こんな時に何すけべぇなこと考えてんだぁ? 面白れぇヤツだなぁ」
 サトリは声に出して笑った。
 ダメだ。別なことを考えようとしたら変なスイッチが入ってしまって、どうしても邪念が浮かんでしまう。ならば漫画やアニメでよく見る、心を無にするというのは出来るだろうか?
 私は精神統一を図った。

「おらぁっ!」
「ぐはっ!」
 思考を無に切り換えたらサトリにぶん殴られてしまった。
「何も考えねぇでおらのこと殴れるわけねえでねぇか。おめぇ馬鹿もんだなあ」
 そりゃそうだ。私みたいな格闘の素人が、思考を抜きに攻撃できるはずもない。
 では思考を止めることが無理なら……。思考はいっそ読ませてしまい、スピードと手数で攻めてみよう。
 私は両腕を使ってパンチの連打を試してみることにした。
「いくぞサトリ! オラオラオラオラオラオラ!」

「無駄ぁっ!」
「ぐはっ!」
 私はパンチを繰り出しながら猛突進してみたが、サトリの右ストレートであっけなく撃沈してしまった。
「ほんっと馬鹿だなぁ。おらの方が腕も長ぇし動きも速ええ。お前えは斧だの槍だのは持ってねえみてえだし、おらに勝てねえよ。もう諦めて食われちまいな」
 ダメだ。
 体躯も身体能力も私はヤツに劣るうえ、攻撃動作が読まれるようでは勝ち目がない。たかが妖怪一匹とタカをくくっていたが、普通に戦ってはコイツに勝てるビジョンが浮かばない。まさか考えが読まれることがこんなに不利だとは。

「勝てねえべ? さぁて、そろそろ殺しちまって食うべかな……」
 ここで食われるわけにはいかない。何とかならないものかといろいろ試してみたが、やはり霊能力者としてはヤツに勝てないようだ。
 こうなったら仕方ない。このまま負けて食われるわけにもいかないし、安全策で普通にやっつけることにしよう。遊びの時間はここまでだ。
「はぁ? なんだそりゃ? お前ぇはおらに勝てねえんだって」

 私は考えを固めた。
 ホルスターから道具を抜く。ホルスターから道具を抜く。ホルスターから道具を抜く。ホルスターから道具を抜く。ホルスターから道具を抜く。ホルスターから道具を抜く……。

 私は思考を単純化し、自分の動作に集中した。考えはサトリにいくら読まれようと構わない。

 照準を合わせる。照準を合わせる。照準を合わせる。照準を合わせる。照準を合わせる。照準を合わせる。照準を合わせる。照準を合わせる。照準を合わせる……。
 私はサトリの眉間に照準を合わせた。

「なんだお前ぇ? 何しようってんだ?」

 私の単純で迷いのない思考に、サトリは動揺しているようだった。

 撃鉄を起こす。撃鉄を起こす。撃鉄を起こす。撃鉄を起こす。撃鉄を起こす。撃鉄を起こす。撃鉄を起こす。撃鉄を起こす。
 撃鉄を起こした。ガチャっと金属音が鳴った。

「何しようってんだ? 無駄だぁ、止めとけ止めとけ」
 サトリの顔に脅えの色が浮かんだ。何をされるか分かってないようで、表情に不安の色が浮かんだ。

 引金を引く。引金を引く。引金を引く。引金を引く……。

 私が引金を引くやいなや、ドンッと火薬の炸裂音が響いた。
 サトリの眉間に穴が空き、後ろにどさりと倒れた。

 私はサトリに勝利した。







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