見出し画像

短編: えくぼ☆さん

『対話で解をみつけます エクボザワ☆セラピューティックサロン』

田んぼがぷつりと終わる農道の角に、予約したサロンの看板を見つけた。ドアを押すとカランコロンと喫茶店みたいなベルが鳴り、「みきさん?どーぞー」と30代半ばぐらいの女性が出てきた。

「笑窪沢このみ」と、渡された名刺にある。珍しい名字。笑うとほんとにえくぼ出てる。

「病気になる前に来てくれてよかったー。意外と知らないでしょ、若い人はこういう所。ここで手に負えなきゃ病院紹介するし」
「あ、提携する病院があるのですね」
「いえ、幼なじみがやってる病院が近いから、行き方教えます」

大丈夫かなあここ。

「で、どうされましたー」
「なんか毎日つまんなくて。だるくて疲れるし」
「うんうん、そういう人多いよー」
笑窪沢は、提出した質問票に目をやった。
「でも睡眠も食事もとれてるし……それじゃ、あれだな、二重人格ごっこ、やってみようか」
「二重人格ごっこ?」

「本来は解離性同一性障害っていう、いくつか人格が出ちゃう病気のことね」
「ビリーミリガンみたいに」
「そうそう。今回はごっこだから、二つ決めていいよ」
「え?」
「どーんな人になりたいでーすか、ハイッ」
笑窪沢は節をつけて言うとバチっと手をたたいた。

「……ほ、奔放な人になりたいな」
「あ、ワンナイトOKみたいな?いいじゃーん」
「はあ」
「はいあと1人、あと1人、ハイッ」
「えと……ショートヘアでパンツスーツが似合う、バリバリ仕事ができる女性になりたい」
「明確よー、みきさん上手!」

1時間半ほどたち、帰り支度をする私に笑窪沢は、両頬にえくぼを浮かべて言った。「大丈夫、よくなりますよ」
「えっ」
「やっちゃえばいいの。形から入るの上等。またいらして。だめだったら病院ご紹介するし」
「行き方だけ?」
「まそうねー」

目標の自分の姿が描けるようになった私は、それ以来、ちょっと元気になった。

忘れた頃、夜にあの農道を通った。

サロンがあった暗がりに、「スナック☆えくぼ」の黄色いネオンが浮かんでいた。


※たらはかにさんの【毎週ショートショートnote】企画参加その2です。ちょっと長めでした。

この記事が参加している募集

ほろ酔い文学

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?