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遮蔽物

中学時代、国語のF先生から聞いた話。F先生はよく国語の授業をすっぽかして昔経験した面白い話、母親との思い出話、不思議な話などを聞かせてくれる人だった。ヤンキーの喧嘩を止めに入ったら鎖で前歯をへし折られたり、自分が電車の中でパニック障害で呼吸困難になった話など、話題に事欠かない。

中でも不思議系の話は、結構聞き応えが有るものばかりで、自分はいつも食いつくようにして聞き入っていた。例えば、F先生は大学時代、方言の研究活動の一環で、地方にフィールドワークに行ったことが有ったそうだ。何日も交流していると「姥捨山に捨ててきたはずの母親が何故か家に居る」みたいな、一見さんにはなかなか話さないような興味深い話を「ぽつりぽつり」と語り出してくれる人もいたらしい。他にもF先生のお兄さんは、いわゆる霊感がF先生よりも強いらしく、身近な人が近い将来怪我する未来が見えたり(見えるだけで防げないらしい)、いきなり部屋の天井の隅を凝視して黙り込んだりするらしいので「兄貴、何か見えても絶対俺には言うなよ!」とF先生は怖くて仕方なかったそうだ。

そんなF先生が昔赴任したとある中学校で体験した話。その中学校、何故かは分からないが、学校の怪談が多く存在し、不思議な体験をする人が多かったそうだ。同僚の他の先生が用を足していると後ろから誰かに髪を触られたり、F先生も放課後の誰もいない廊下をふと見ると、とっくに廃止されているはずのブルマを着た下半身が廊下を滑走して教室に入って行くのを見たり、枚挙にいとまが無い。この「遮蔽物」と名付けた話は、そんな学校の怪談の中でも一際自分の印象に残る話だったので、ここに記す。

その中学校は毎日2人1組の教師が当番制で最後まで残り、学校内に誰もいないことを確かめた後、戸締りして帰宅するという警備体制をとっていた。その日は、F先生と同僚のY先生が2人で警備をする番だった。生徒や他の教師も全員帰ったので、いつも通り校内に異常が無いか2人でパトロールした。特に何も無かったので警備室に戻り、赤外線照射のボタンを押した。赤外線?と疑問に思った方のために簡単に説明すると、今でこそどうか分からないが、この学校では当番の教師が帰宅する際、校内の警備を民間会社に引き継ぐ前に校内に赤外線を張るボタンを押す。すると誰かが居ればそのセンサーに引っかかり、センサーが遮蔽される場所が警備室で確認出来るという仕組みなのだそうだ。当然その日も特に異常は無かったので、何事もなく赤外線を張り終えられるはずだった。

しかし、その日は違った。3階に「遮蔽物アリ」とのアラートが表示されることに2人は気づいた。何も無かったはずだが、、とりあえず2人で問題の3階に行ってみることにした。誰もいない校内……不審者がいた場合に備えての2人制だったが緊張が走る。問題の場所に行ってみると、先ほどは無かったはずの大きな水溜まりが廊下に出来ていた。なぜ水溜まりが出来たかは分からないが、恐らく雨漏りでもして、この水溜まりが赤外線を乱反射させてしまったのだろうという結論に至り、2人でモップ掛けして廊下を綺麗に拭いた。これで大丈夫だろう、と胸を撫で下ろし2人は拠点となる警備室に帰り、再度赤外線照射ボタンを押した。

しかし、3階に「遮蔽物アリ」と全く同じ場所にアラートが相変わらず表示される。全く原因が分からず不気味に感じたが、原因を取り除かない限り帰宅出来ないので、再び問題の場所に2人は向かった。暗い校内……目視では何も異常が見当たらず、現場でF先生は途方に暮れていた。するとバディのY先生が「Fさん、Fさん。ここ。」と手招きして虚空を指差す。「何もないじゃないですか」と言うと「いいからここ、匂い嗅いでみて」と言うので言われたとおり、Yさんが指差す空間に鼻を近づけた。

それは腐乱臭や生臭い匂いとも違う、独特だが刺激の有るとても嫌な匂いだったそうだ。その場所から鼻を離すと何も匂わないのに、あたかも目に見えない匂いの塊がその場所に浮かんでいる様だった。Y先生が「これが遮蔽物なんじゃない?」と言うので、しばらく2人は、団扇を使ってそれをどかそうとしたり、小一時間匂い玉の除去に奮闘した。しかし全く動かないので仕方なくその日は警備会社に原因を説明し、2人は帰路についた。

翌朝、警備会社からの報告書に目を通すと「原因不明、問題の遮蔽物は2時間後に消失」とだけ書かれていたそうだ。

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