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下着屋に恋して、下着屋のアルバイトを2年間続けた話。

「学生時代に最も力を入れたことは何ですか」

就活で必ず聞かれる定番質問。アドリブが苦手な私は、必ず聞かれると分かっているその質問の答えをきちんと用意して、決まって学生団体の話をするようにしていた。「自分でワークショップを企画して代表をして、失敗もしたけどなんとかやり遂げた」という話。

だけどそれは半分嘘で、半分本当だった。

学生団体、NPOでインターン、東北や四国の小さな町に移住・・・いわゆる意識の高い学生にありがちな経験を積んできた私にとって、最も長く、ほんとうに夢中になっていたのは、そのどれでもなく「下着屋のアルバイト」だった。

今日は、そのころの夢中になっていた気持ちを思いだしつつ、自分が下着にときめいていた頃のことについて、ちょっと長めに綴ってみたい。


「下着を買う」という苦痛な体験

私は昔から、下着というものが嫌いだった。

まず、自分の体やスタイルがとても嫌いだったので、その体に合わせるためのブラジャーを探すこと、理想とは程遠い自分のサイズと現実を直視しなくてはいけないこと、見せる相手もいないのに「異性に好かれるデザイン」しかない選択肢から選ばなくてはいけないこと。

そして下着屋の空間にはキラキラしたお姉さんがいて、1秒でも店の滞在時間を短くしたい私は、早足で下着を触って回る。

色気やモテとは真反対にいる(と思っていた)自分にとって、下着屋での購買体験は苦痛であり、いつもうつむきがちにやり過ごしていた。

それが、あるお店との出会いで一変する。

一目惚れした、そのお店

大学の帰り、ファッションビルをふらふら歩いていた私が思わず引き寄せられたのは、そのお店だった。

ゆるくてかわいいイラストをそのままプリントしたようなブラジャー、異性のためでなく私が素直にかわいいと思えるデザイン、シンプルなイラストの鳥たちがはばたく一面の壁、まっすぐで力強い女の子がプリントされたポスター。

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お店の名前は une nana cool(ウンナナクール)という、その語感もふしぎな下着屋さんだった。

惹かれたのはお店の空間と商品だけではない。そこで私に話しかけてくれた、ひとりの販売員さんだ。初めて「下着の接客」というものをされた。

それが、いかにも買え買えな接客ではなく、雑談しながら「私の下着に対する悩みと苦痛」を自然と紐解くように話をしてくれて。あ、それならコレだったらとおすすめしてくれたのは、私の大好きなパステルのイラストがかわいいノンワイヤーブラ。そのデザインに、一目惚れした。

今までむりやりつけていた、ラグジュアリーで夜の雰囲気をまとったブラジャーとはあまりにも一線を画す「私はこんなデザインが好きだけどなにか?」な、ブラ。最高である。

「試着もできますよ」と教えてくれて、「ブラを試着する」という概念がそもそもなかった私は、そこにも衝撃を受けた。これが初めてのブラの試着だった(試着室の中とは言えど、お店で下着を脱ぐって、なかなか勇気いるよね・・・)。

でも試着してもやっぱりかわいくて、つけやすくて。試着室の中でひとりテンションが上ったのを覚えている。もう5年も前のことになる、あの瞬間のことを。

そのままレジでも同じ人に担当してもらい、お金を払って商品を手にする。その人の雰囲気もすごく好きで、この人になら下着のこと、何でも相談してみたいと思ったのをおぼえている。

その時の私はうつむいてなんかいなく、まっすぐに販売員さんの顔を見て、なんなら少しにやついていたと思う。こんな素敵なお店に、ブランドに出会えたことに希望を感じていたのかもしれない。

「ほんとうにありがとうございました」と心からの気持ちを伝え、ほくほくしながらお店を後にした。

いま思い出しても、すてきな購買体験だったと思う。
その店に、その人に、そのブランドに、一目惚れした。


私も仲間になりたい

ちょうどその頃バイトを探していて、ただどんな仕事もピンと来ないでいた。そしてune nana coolのお店の前をふらっと通ると、壁には「販売アルバイトスタッフ募集」の文字。

テンションが上がりすぎて思わず友だちにLINEした。

待って!最高!絶対応募する!絶対ここで働く!!

そして申し込み、翌週に臨んだ店長面接。

当時の私の一張羅、「パステルブルーのcandy stripperのユニコーンスウェットにギンガムチェックのミニスカート」を身につけて臨んだ。

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(私の古い友人はみんな見覚えあるかも。AMOちゃんかわいいね)

そして面接の終わり、「その服かわいいね」とほめられ無事合格した(やった〜✌️)。

好きなデザインに囲まれた、心から幸せな仕事

お店の雰囲気、たくさんのかわいいブラ、DRAFTデザインのショッパーやポスター、白くてあたたかい什器、漂ういい香り。

どこに視線を落としても胸がおどる要素ばかりで、働くのが楽しみになったのはこれが初めてだった。毎週届く新商品を誰よりも心待ちにして、事前に共有される商品資料を読み込んでは、デザインの裏側のストーリーに思いを馳せてワクワクしていた。

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shopの紹介より)

商品も、空間も、ちいさな小物も、飾りつけも、すべてが好きだった。


「かわいい」とは裏腹の、ハードな仕事

私はこのアルバイトを通して何十回と泣いた。

断っておくが綺麗な涙ではなく、人前には見せたくない悔し泣きばかりだ。泣きすぎて過呼吸になって人前に立てず、仕事ができなくなる時もあった(思い返すだけでもちょっとしんどい…)。

一番きつかったのは、「求められる接客クオリティに自分のレベルがついていけない」ことだった。

下着屋の販売員は「フィッティング研修」なるものからその道が始まるが、身体のサイズを素早く正確に測り、悩みや本人の希望をヒアリングし、それをふまえた上で商品を提案し、悩み解決か購買へ向けてトークをする、というものである。うん、めっちゃむずい。

私はこれがなかなかできなくて、何度も怒られ、うまくいかず悔しくて、目を赤くして退勤した日が何度もあった。初めてお店を訪れた日の印象に残ったあの人の、あの接客には、とても遠く及ばない自分がむず痒かった。

けれども確かに少しずつ、ポケットサイズの「バイトメモ」に教わったことをぱんぱんに書き込んで家でも通勤前も復習しながら、自分なりの接客ができるようになった。


下着をちゃんとつけると、前向きになれる

フィッティングはむずかしいけれど、その分、成功するととてもよろこんでもらえるものでもある。

嬉しかったのは、「私なんかにこのサイズ大きいですよ…」と、自分の身体を見誤ってネガティブに評価している人が、自分に合った下着をつけるという体験を通して、

「あれ、なんか、いいですね」
「胸の形、こんなに綺麗になるんですね」

と、ちょっとでも前向きになってくれた時。

下着って、ちゃんとフィッティングしてつけると、姿勢がよくなって顔が自然とちょっと前を向くんですよ。素敵ですよね。

下着って、誰もが一度は何かしら悩んだことあるものだと思う。

でもかつての私がそうだったように、自分が好きで、自分に合ってる下着が見つかれば、きっとテンションがちょっと上がる。下着って日常でつけるものだから、なんでもない日でもちょっと前向きになれる。

下着を通して「女性の人生の後押しをしたい」なんてことも考えていた、バイトの頃。


身体のゆらぎをうつし出す、下着。

私が下着を好きな理由のひとつが、「人間の身体のゆらぎを反映する工業製品」という、ちょっとパラドックスを感じるところで。

女性の身体は、生理だったり、ホルモンバランスの変化を受けて簡単に変わりやすい。胸まわりのサイズって、実は毎日変わっているらしい。それを知らない人は多いけれども。

大衆向けの服、特に画一的に生産されるようなファストファッションは「型にはまった工業製品に自分の身体を合わせる」という行為が主流。

でも「下着に向き合う時」ってその逆で、「日々変化するゆらぎの中にある自分の身体を知り、身にまとう」という営みである。

たとえばフィッティングをすると自分の身体の変化が知れるし、その時の状態や気分に合わせた下着を選ぶことができる。

身体ってひとつの自然みたいなものなので、下着と向き合う時、変化し続ける自分の身体に宿る自然に思いを馳せるようで、この時間がわたしはとてもすきだったりした。


さいごに、妊娠と出産を経て

下着屋バイトを卒業してから約2年後、出産という経験を経てまた、私の下着に対する価値観はガラッと変わってしまった。

人間の身体、変化のゆらぎどころじゃない。大地震が来て、衝撃波をのこして、そして過ぎ去ってしまったような激動の変化が、出産では訪れる。

そんな時に身体の最も近くで寄り添ってくれる心強い下着は、いなかった。いや、きっと探しきれなかった。本当はどこかにいるのかもしれない。またきっと訪れる出産という激動の時期に備えて、安心できる相棒のような下着を、私はこれから探してゆきたいのだと思う。


こんなふうに思うまでになったune nana coolでの2年間は、商品(下着)を心からすきになる、すきなデザインに囲まれて働くという、私にとっても特別な経験をさせてくれた大切な時間だった。


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