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時の経過とともに。

私は、地域福祉を仕事としています。昭和30年代に繁栄した団地群は、今はもう、老朽化してシルバータウンになっています。高齢化率は40%を超えて高齢者を支える世代が少ししかいない状態です。そのシルバータウンでは、孤立して亡くなっていく人が後を絶ちません。この長い夏場で、熱中症も原因の一つでした。自宅で亡くなる事は自然な事だと思いますが、誰も気づかずに時間が経過してしまう事が1番問題だと思います。
家族機能は崩壊しており、子どもであろうと、「知らない」「関わりたくない」と言えば拒否できる社会になっていますが、では、誰が後の事を考えるのでしょうか?社会でできる範囲も限られています。
長寿を支えきれなくなった日本は、一体どうしていくのでしょうか?生きるも死ぬも、自分で選べるようになればいいと思っています。胃ろう等の処置や、人工呼吸器、90歳以上の高齢者への手術が当たり前のように行われている医療現場。医療費の高騰。働き手がおらず、介護する人もいない社会。少子高齢化。今や、不老不死とまではいかずとも、人間の肉体の限界まで寿命を延ばすことに成功していると言っても過言ではないくらいです。
死ぬことを受け入れない「生きる」ことにしがみつく人たちが生き残る。
生き残ってきた人は、やがて、90歳代になった時に、本当の「生きる辛さ」を味わうのだと思います。身体は限界。孤独との戦い、認知症のリスクが増大。高齢者が増えて、少々の生活困難では、支援もあまり無い状態。90歳を過ぎてなお、がんばって自立を求める社会。長寿社会は、老いとの戦いでもあると思います。

前置きが大変長くなってしまいました。何が言いたいかと言えば、人生100年時代に入ったのです。だから、100年という定規で、自分の人生を測っていくと良いと思います。80年ではないのです。
20代の頃は、好きな事をしても良いのではないかと思います。50歳くらいになった時に、それなりの経験を積んで生きていれば良いのではないでしょうか。何よりも、1人じゃない事が大きいと思います。人生の前半はパートナー探し。それは、自分の親でも兄弟でも子供でもいいのです。もちろん配偶者でもよいのです。何よりも孤独にならない事。孤独との戦いは1番恐怖です。人に騙されても、泣かされても、1人じゃない事の方が大事ではないでしょうか。人は私利私欲の生き物なので、自分の利益のために人を利用したり頼ったりします。それは、すごく当たり前のことなんでしょう。100年時代を生き抜く戦略なのです。孤独や老いとの戦いの方がずっと怖いのでしょう。かといって、やっぱり人と人との関係性には、愛が無いと、弱肉強食の社会では、孤独の方がマシです。自己犠牲の上に幸せは成り立たないので、自分の幸せを追いつつ、人も幸せにしていくことこそが、「100年生き抜く戦略」だと思います。


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