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生き方まで教えてくれているみたいで(バンド・空想委員会について)

今日も私はベッドに横になったまま手を伸ばして、カーテンを開ける。そして朝日が差し込む部屋で、白い壁に飾ってあるTシャツを見て思うんだ。起き上がらなきゃ。

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そのグレーのTシャツを買ってからもう10年近くになる。空想委員会というバンドのグッズ。
その名の通り委員会をコンセプトにしたバンドで、ボーカルを務めるのが三浦委員長。

10年ほど前にYouTubeで知り、ちょうどその年に札幌で初めてのワンマンライブが行われた。
2013年12月8日。雪の降る日。COLONYという小さなライブハウスの後ろの方、下手側で記念すべきライブを見た。

その世界観にすっかり引き込まれ、2019年の活動終了まで毎年欠かさずライブに足を運んだ。

このTシャツは2014年のメジャーデビューと前後してお祝いムードの中買ったものだ。一見シンプルだが、歌詞がほどけたようなデザインが気に入っていた。ライブで着て、フェスで着て、サークルの合宿で着て、そのうち普段着で大学にも着ていくようになった。

やがて活動終了が発表され、空想委員会のことは学生時代から20代半ばまでの青春として、フルアルバムとともに思い出になろうとしていた。2019年10月が当時の空想委員会の最後のライブとなった。


しかし、2021年4月に活動再開を発表。私の青春がまた動き出す。感情が高ぶった。

2022年3月1日。実に二年半ぶりのライブだった。

最初期のグレーのTシャツを着て行った。インディーズデビューから10周年ということで新デザインの黒いTシャツも買ったけど、この記念すべき日には、大切に着続けたTシャツを見せたかった。ずっと変わらずに応援していることを伝えたかった。

目標は口に出さないと。
まだ諦めていない、武道館を満員にしたい。
だからまずは札幌のこのライブハウス、moleを満員にしたい!

そんな強い言葉を、委員長はステージ上で放った。この人は絶対に有言実行する人だと私は知っていた。
「この広い北海道でフェスとか出たいよね」狭いライブハウスでそう言った年の夏に、本当にライジングサンロックフェスティバルに出たんだから。

最新のアルバムにwillという曲が入っていて、それを歌った。

willには遺書という意味がある

委員長が言っていた。でもそれは、「作品」だと思っていたから、エモい曲だと思った。まさか現実だなんて誰が考えるだろうか。



記念すべき復活ライブが終わり、物販でメンバー全員が一人一人に丁寧にサインをしていた。

新しく買ったTシャツは黒だったこともあり、私は大切にしていたグレーのTシャツにサインをお願いした。
三浦委員長は「うっわなつかしーな……」と言っていて、私も頬が緩んだ。たくさんの思いは、これっぽっちも言葉にできなかった。

「また札幌に来るよ」

委員長ははっきりと言葉にしてくれた。

帰ってきてそのグレーのTシャツは部屋に飾った。これからは新たに買った10周年記念の黒Tシャツを何度も着ようと思っていた。



2023年、新たなツアーが発表され、10月の札幌でのワンマンを楽しみにしていた。

そんな中、いくつかのライブの出演がキャンセルになり、3月20日、三浦委員長は大腸がんを公表した。

それでも私は10月に会えると疑っていなかった。がんを患いながらも元気そう(に私には見える)に生活している知人もいる。もしも体調が悪い時期があっても振替公演があると思っていた。延期は仕方ない、それくらいでファンは離れないから、身体を大切にしてほしい。そして10月に会いに来てほしい。当然そうなるものと思っていた。

その時はあっという間に来てしまった。公式から報告があり、ツイッターには追悼の言葉や悲しみの言葉、後悔の言葉、愛の言葉であふれていた。

こんなにも多くの人に惜しまれながら41歳という若さで亡くならなければならない理由が分からなかった。
人の心に刺さる曲を作り、自らの手でPVを作り、メジャーデビューし、小さなライブハウスで熱い言葉を語り、フェスに出て、武道館という目標を掲げ、まずは札幌のmoleというライブハウスを満員にするって言ってたのに。

こんなにも素晴らしい人生を歩んできて、こんなにもたくさんの人に必要とされていたのに。

「君とずっとやりたかったことが まだ残っているんだよ」

will(空想委員会)

あの日のライブで委員長は歌っていた。それなのに、どうして?
また札幌に来るねって、希望を捨てないって言ってたのに。

一緒にステージに立っていたメンバーの気持ちは計り知れない。こんなとき、大勢のファンの中のたった一人でしかない私は、どんな言葉を口にすればいいのだろうか。誰かのことを思いやる言葉?優しい言葉?

それはすごく美しくて素晴らしいと思う。それでも、まとまらない思いをそのままツイートしているファンの言葉たちは私の心臓に直に触れてくる。火傷した部分を触られたように激しく痛む。
自分がつらいという気持ちばかりを口にするのはひどいだろうか?
止まっているのは私だけかのように、スマホの画面の中は様々な言葉が流れていく。

タイムラインをスクロールしながら、私は確信する。
わがまま言ったり悔しかったり悲しかったり、ぐちゃぐちゃの気持ちをぶつけちゃったり涙が止まらなかったりするのも本当だから、大切なものがあるってことだから仕方ないのだろう。だって、生きているんだから。

人に迷惑ばかりかけて何一つ成し遂げられない私は今日も生きていて、たくさんの曲を作りたくさんのライブで多くの人を熱狂させてきた委員長はもういない。これからもたくさんの曲を作って、人の命だって救えたのに。

どんなに目を赤く腫らしても、寝不足で頭が痛くても、朝は容赦無くやってくる。私はベッドに横になったまま手を伸ばし、カーテンを開ける。明るくなった部屋で、壁にかかった10年物のTシャツを眺める。

「君とずっとやりたかったことが まだ残っているんだよ」

will(空想委員会)

そんな歌詞が頭の中で流れ、まるで生き方まで教えてくれているみたいだと思う。

君とずっとやりたかったことが。

だから、よいしょ、と声に出して今日も起き上がる。

「夢なんていつまでも見られない
生きているそれだけで幸せだ そうだろう?」

「どんなにどんなに願っても 逃げた自分は消えない」

Dodo(空想委員会)

そうして私は、少し毛玉の付いたグレーのTシャツの隣に新品の黒いTシャツを飾ることにした。


補記:死につつある者が書き残す書面をwill、自殺する者が書き残す書面をsuicide noteあるいはsuicide letterと区別するそうです。

ひとつ賢くなりました。

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