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(短編)線香花火

8月の終わり。
久しぶりに彼と穏やかな午後を過ごしている。
外はまだまだ熱気が立ち込めていて、日差しもキツく、出掛けるには厳しい。

だから彼の家で各々涼んでいる。
彼は本を読み、その隣で私は映画を。

アクション映画のやかましい音の中でも、彼は涼しい顔で文字を追い続けていた。

「ねぇ裕(ゆう)、よく読めるね。こんなうるさいのに」
「集中してたら音消えるし」
本から目を離さないまま、彼は言う。
裕は脳の研究をしている、らしい。
だからいつも小難しい本やら書類やらを読んでいる。

「私の声は聞こえてるじゃない」
そう答えると、
「僕の脳の中で君の声は雑音じゃないから」
と、真顔でページをめくった。

私は少し恥ずかしくなり、彼の頬をツン、と指で突いてまた映画の続きを観た。

ほんとは一緒に観たいけれど、彼の見る映画はスター・ウォーズかマーベル、DC、スター・トレックのみの偏食。

だからワイルドスピードや007には見向きもしない。

私も彼の読む本に興味が湧かない。
だって、英語の学術書だから…。

「ねぇ」
彼が本を閉じて傍に寄ってきた。
「なに?」
「夏らしいことしようよ」
「…と申しますと?」

意を決して近くのスーパーへ。

「あった」
彼の手に花火セットが。
「おぉ〜、それかぁ!あ、じゃあついでにアイス買って食べながら帰ろ!」
「それはいい」
「なんでよ!?」


夜になるのを待って、庭に出る。
彼は実家であるこの家に一人暮らしで、両親は既にいない。
独り身には広過ぎる家にも忙しくてたまにしか帰らないのに、ずっと住み続けている。

「久しぶりだなあ、花火」
「僕も」

火薬の燃える匂いは強烈だったけど、ピンクや緑の炎がとても綺麗で、子供の頃を思い出した。
「宿題そっちのけで遊んだなぁ」
「僕は初日で終わらせたよ」
「このやろ!」
冗談めかして彼の腕を優しくパンチすると、今日イチの笑顔を見せた。
そうそう、この笑顔が好きなんだよなぁ…

残りは線香花火。
もう黙って火の玉を見つめるしかない。

彼も静かに火の玉を落とすまいと、手をガッチリとホールドしている。
「一番体力使うね(笑)」
「うん。」
「明日からまた忙しいね」
「うん。」

線香花火がヂ、ヂヂ…と火花を散らしてる音だけになった。

寂しいと言うのは悔しくて、ひたすら花火を見つめる。

「たまき」

不意に彼が名前を呼んだ。

「え?」

私が返事すると同時に、唇をチュッ、と私の唇に触れさせた。

「…裕?」
「夏の思い出、で……ぁあ熱っっ!」

火の玉が足の上に落ちたようだ。

「アハハ…!!もう、急に動くから」
「しくった…!」
とてつもなく残念そうな彼が、切なくもあり可愛くもあり。

「夏の思い出ができて嬉しいよ。ありがとう」
「い、いや別に…」

「脳の研究の合間に私の事も思い出してね」
「…君の存在を忘れる事はあり得ない。脳は…」
始まってしまった…。
だけどいつもの彼だ。

「また思い出作ろうね」
私はそう言って、お返しのキスをした。


  

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