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賃貸暮らしが好きな私が今まで東京で住んだ部屋④ 再びの下井草

西武柳沢でのYとの同棲生活が半年で破綻した話をこちらに書きました。

Yが出て行った以上、私も一刻も早く引っ越しするしかありませんでした。私は会社を休み、一日で部屋を決めました。即日入居が可能なところを選びました。時間もなく、吟味することもなくエイヤッと選んだ部屋でした。

そこは西武新宿線の下井草駅から徒歩10分。部屋は6帖でトイレと一体型のユニットバス、小さな一口コンロのキッチン、室内洗濯機置き場があり、家賃は65000円でした。もちろん、エアコンもついています。最近リフォームしたばかりという部屋は狭いながらも綺麗で、陽当たりもよかったです。大家さんの家が隣りにありました。大家さんは優しそうな方でした。

部屋を決めると、私は一週間以内に引っ越すことにしました。Yのいない広い部屋に一人でいることが、これ以上耐えられなかったのです。

夜に引っ越しの梱包をしていると、突然Yが現れました。もうここに来ることはないと思っていたYが、なぜか目の前にいます。

私は戸惑いながらも、引っ越し先が決まったことを報告し、早々に引っ越すつもりだと言いました。するとYは、自分も実家を出て一人暮らしをすると言いました。すでに下北沢に部屋を借りてきたというのです。私は耳を疑いました。

「なんで下北沢?」

「ロミと下北沢で遊ぶため」

確かにそのころ芝居やらなにやらで二人で下北沢にはよく行っていました。が、私たちは別れたんではなかったのか?

どうやらYは、私としばらく離れてみて、やっぱり別れたくないと思ったようです。もちろん親は許してくれません。だから、一人暮らしをして、親の目の届かないところで私と過ごそうとしていたのでした。

Yは泣きながら言いました。

「ロミの代わりなんてどこにもいない!」

その一言で、私たちはやり直すことになりました。それぞれの親には内緒で、別々に暮らしながら行き来するのです。

引っ越しの日は母が手伝ってくれました。私は母にYとのことを言えず、申し訳なく思いました。引っ越し費用は母が用意してくれました。洗濯機などの必要なものも母が購入してくれました。私はそのころ、貯金がありませんでした。自分は本当になにもかも母に迷惑をかけてしまったと思い、謝りました。すると母は意外なことを言いました。

「お母さんはうれしいんだよ。頼ってもらえて。あんたはこれまで一度も頼ってきたことがなかったから」

そうです。私はお金に困っても、親に頼ったことは一度もありませんでした。母にしてみれば、やっと親らしいことができた、というわけです。

母が帰ったあと、新しい狭い部屋に一人でいると、あまりの心細さに泣けてきました。Yとよりが戻ったといっても、親に反対されている以上、再び一緒に暮らすことはもうないのです。

Yが部屋に遊びに来てくれることもありました。でも、Yは時間がくると家に帰っていきます。帰っていくYを見送るとき、虚しい気持ちになりました。以前はずっと一緒だったのに。

離婚した人ってこういう気持ちなのかな、と思いました。これまで四六時中一緒にいた人と突然離れ離れに暮らすことになる。別の部屋に引っ越し、家電も新しいのを買って、一人きりの新しい生活がはじまる。自分の半身が引き剥がされたみたいでした。こんなはずじゃなかった、と思いました。私の精神状態はいよいよ悪くなり、一人ではろくにものが食べられなくなり、体重は30キロ台まで落ち、会社も辞めてしまいました。

Yの下北沢の部屋は、さすがはセンスの良いYが選んだだけあって、素敵なところでした。新しい物件ではないのに、デザインが独特なのです。そこは、下北沢の駅から徒歩15分ほど。でも商店街の中を歩くので、遠い感じはしません。1DKで、バス・トイレ別、家賃は86000円と言っていました。ダイニングキッチンの奥に部屋があり、そこにダブルベッドが置かれています。Yはおそろしく衣裳持ちだったので、広いクローゼットがありました。Yはカーテンの色に赤を選びました。その赤い部屋は居心地がよく、仕事をしていない私は何日も居ついたりしました。私たちは下北のあちこちの飲食店や劇場やお店へ行き、楽しく過ごしました。喧嘩になりそうになると、下井草に帰ります。逃げ場があるのはいいものだなあ、と思いました。

このようにして徐々に回復してきた私は、派遣ですが仕事も見つかりました。下井草の駅まで歩いて10分かかったので、私は赤い自転車を買い、「ロミヤン号」と名付けたそれで駅まで買い物に出かけたり、図書館に行ったり、ときたま銭湯に行ったりしました。以前下井草に住んでいたとき通っていた銭湯です。

Yとはその後2年ほど付き合いましたが、結局別れました。下井草のこの部屋には、なんと6年も住みました。たった一日で適当に選んだ部屋に、まさか6年も住むことになるとは思いもしませんでした。が、人生とはそんなものなのかもしれません。何気なく下した決断が、その後の人生を変えていたりするのかもしれません。


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