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その建築は、何を媒介しているか?

神奈川県箱根町に、POLA美術館という美術館があります。
印象派絵画の重要作品を多数コレクションしていることもあり、美術好きにはよく知られている、箱根の定番観光スポットのひとつ。
このPOLA美術館は建築学会賞を受賞するなど建築作品としての評価も高く、いつか訪れたい建築のひとつとして建築好きにも人気が高い美術館です。

こんにちは、ロンロ・ボナペティです。
意外に思われるかもしれませんが、建築としての評価と美術関係者からの評判はかならずしも一致しないようです。
建築家の表現がときに作品鑑賞にとっては邪魔になることもあり得る。
作品を展示する側からしてみれば、なるべくフラットな状態で作品と向き合ってほしいという思いがあるでしょう。
個性の強いデザインや、空間体験がひとつの作品として成立するような美術館だと、作品に触れる時点ですでに心が何か違うものに反応している可能性があるわけですね。
それが美術作品の表現とぶつかる懸念があるならば、器としての建築には大人しくしておいてもらいたいと思うのも当然のように思います。
(このあたりの議論は、建築作品としての評価が高い建築について建築・美術それぞれの専門家が議論を交わした『美術館と建築』を読んでみてください。美術好き、建築好き双方にとって発見があるはずです)

さてそうした状況にあってこのPOLA美術館は、冒頭でも述べたように美術界からも建築界からも高い人気を得ています。
今回はその理由について考えてみたいと思います。

POLA美術館が、何を媒介する建築なのかを考えてみたいと思います。
美術館が媒介するのは、美術作品とそれを鑑賞する人、ですね。
POLA美術館の場合において美術作品は、企画展示で他館から借りてくるものもあれば、コレクション作品もあります。
そして主には絵画作品、特に西洋・日本の近代絵画が中心となっています。
さらにコレクションの中心は印象派の絵画。
世界的にも有名な作品も多くコレクションされており、この印象派絵画を目的に訪れる人も数多くいることでしょう。
これは美術という非常に定義の広いものからすると、ここに展示される作品はかなり限定されていると言えるのではないでしょうか。

不特定多数の作品が展示される場ではあるものの、おおよそのサイズ感や展示・鑑賞方法も決まっていることがわかります。

一方、それを鑑賞する人についてはどうでしょうか。
箱根と言えば温泉や自然を求めて首都圏からの旅行者が多い観光地ですね。
平日は仕事に精を出す人びとが、癒やしを求めて日帰り~2泊ほど滞在するケースが多いようです。
温泉を中心にかなりゆったりとした時間を過ごす人が多いことがわかっており、観光戦略上もより多くの施設を回遊してもらうにはどうしたらよいかが課題になっているそう。
POLA美術館に訪れる人は、観光を目的に箱根を訪れる人びとでしょう。
都心の美術館であれば、仕事の合間に駆け足で作品だけを見に立ち寄る人もいるかもしれませんが、ここではゆっくり時間を過ごしたい人が多いことが考えられます。
さらに、せっかく癒やされに来たのだから、自然に開かれた空間を求めているのではないでしょうか。
またPOLA美術館は観光地の美術館としては比較的入場料が高く設定されており、それなりに美術に価値を見出している人が訪れることが前提となっています。

そう考えていくと、ここを訪れる人も不特定多数ではあるものの、その目的や時間の過ごし方は、かなり限定されていると考えることができます。

POLA美術館がだれになにを届けるためのものなのか。
こうして抽象化することで、それを媒介する空間として、どのような場が相応しいのかが見えてくるのではないでしょうか。

POLA美術館は、森の斜面に潜り込むような構成になっています。
自然との距離が近い、光あふれる開放的な空間は、印象派絵画との関わりを考えたもの。
屋外で制作が行われるようになったことで画家たちは目に映る光の印象を描くようになった。
彼らの感動を絵画というかたちに定着させた作品を、少しでも自然と距離の近い環境で観てほしいという演出です。

またゆとりのある空間は、箱根という土地だからこそでしょう。
土地に余裕があることで実現できていることではありますが、より効率的に作品を観ることのできる動線計画もあり得るわけです。
一見何の用途もなさそうな余白の空間が多く取られているのも、ここに来る人がどのような人たちなのか、何を目的に来るのかがわかっているからこそ、余白が無駄にはならないという確信がもてたのだろうと想像します。

展示される作品がより多岐にわたっていたり、あるいは特定の作家のみのものであったり、その抽象度が異なればまた違った空間が必要とされます。
そこを訪れる人も、より限定される場合もあればもっと不特定多数の人が来る施設だってたくさんある。
そのバランスの調整がうまくいかないと、建築作品としては革新的で評価は高いものの、運営者や利用者からの評判は芳しくないということが起こり得るわけですね。
POLA美術館の人気の高さは、媒体としての幸福な関係性にあるのではないか、そんなことを考えてみました。

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