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男の「おばさん化」はステキ!?〜『上野千鶴子のサバイバル語録』

◆上野千鶴子著『上野千鶴子のサバイバル語録』
出版社:文藝春秋
発売時期:2016年1月

上野千鶴子といえば、これまでいろいろな論争の場に登場し「ケンカ」に強いことで知られてきました。本書は上野の著作や講演記録のなかから編集者が「光ることば」を選んで編んだもの。

上野のことばの面白さはむしろ対話形式で発揮されることが多いというのが私見で、気心の知れた人との対談記録を読んでもけっして安易に相槌を打ったりはしない。納得できない時には遠慮なくツッコむところに真骨頂があり、仮に対談集から上野のことばだけを抽出した場合、その鋭さ・コワさは伝わりにくい面もあるとは思うのですが、それはそれとして本書のような企画にももちろん意義を認めるに吝かではありません。世に社会学者はたくさんいますが、こういう語録モノが単行本企画として成立する現役の学者はそんなにいないでしょう。

十代のころからわたしの本の愛読者だった……という女性に会うと、「そうなの、そんなにつらい人生を送ってきたの」と、わたしはそのひとを抱きしめてあげたくなります。だって幸せな女性はわたしの本など手に取らない、と思うから。わたしが書いた本は、わたし自身が生き延びるための悪戦苦闘の産物でした。(はじめに)

というわけで、本書には上野自身の「悪戦苦闘」の記録が刻まれています。それはまず女が女を励ますことばとなり、オトコに自省を促す叱咤の声とも聞こえ、人を新たな思考や行動へと導く道標ともなりうるものでしょう。上野を愛読してきた編集者が選りすぐっただけあって切れ味鋭い箴言が並んでいます。

「おばさん化」するって、男の年齢のとり方でいちばんすてきなやり方じゃないかとわたしはひそかに思っている。(『ミッドナイト・コール』)
あなたたち、みんな忘れているのが、労働基準法だって雇用均等法だって、天から降ってきたわけではないってこと。みんな、裁判などで闘争して勝ち取ってきたのよ。(〈東洋経済オンライン〉)
オリジナルは情報の真空地帯には発生しない。(『差異の政治学』)
マルクスの絶対的窮乏化論がなぜ誤りかというと、被支配階級というのは、抑圧し、抑圧し、抑圧し抜くと、反発して立ち上がるのではなく、抑圧に慣れるからです。(『結婚帝国』)

「生きる元気をもらいました」的な単純なことばではもちろんありません。もっと根底から自分のあり方や思考の作法に変更を促すかもしれない、そんな語録といえます。
ちなみに引用した最後の一文などは、心理学で提起されている「学習性無力感」にも通じる認識といえましょうか。あるいはエティエンヌ・ド・ラ・ボエシの『自発的隷従論』を想起する読者もいるかもしれません。

ところでこういう本を手に取ってしまい、おまけに紹介文まで書いてしまった私もまた不幸せな人間ということになるのでしょうか。

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