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おやじパンクス、恋をする。#048

 ビールのことを誰かが“馬の小便”だとか何とか言ったらしいけど、これくらいの状態になると実際味なんてどうでもよくなって、つうか知覚できなくなって、確かに見た目は泡だった小便そのものっていう感じの茶黄色の液体にふと視線を落として、僅かに感じる苦味というか塩気というかに今更みてえに顔をしかめる。

 その間も俺って何を話してたんだっけ何を考えてたんだっけ何をしてるんだっけという思考がループしていて、それを後頭部で感じながらザクの目玉を動かすみてえに平行に視線を移せば、そこには仲良く潰れてカウンターに突っ伏している涼介とタカの姿があって、あれボンがいねえな、さっき帰ったんだったか、そう言えば帰ったんだった、帰ったんだっけ、何を確認しようと思ったかよく分かんねえままiPhoneのホームボタンを押せば既に時間は三時過ぎ。

 その瞬間、空調の風向きが突然変わるみたいにして鼻先をくすぐるコロンの香り。

 むかし流行ったカルバンクライン、エタニティの香り。

 顔を上げればそこにはやっぱり微笑んでいる彼女がいて、口は動いているけどほとんど何も聞こえなくて、いや、聞こえてはいるんだけどそれが言葉として認識できないみたいな、ああまっずいなあ、一応は店主なのにこんなに酔っ払っちまってまずいなあ、そればかりを考えていて、一方では彼女のピッチリ分けられて撫で付けられた前髪がアナウンサーみたいで好みだとか、それでいて着ているのはタイダイ染めのTシャツにパジャマみてえにラフな感じの灰色のワイドパンツでこれまた好みだとか、寒色系の蛍光灯がついていた彼女の部屋よりもずっと暗くてブラックライトで照らされているこの店で見ると余計に顔も綺麗に見えるなとか、首元から少しだけ覗く鎖骨の角度が絶妙だとか、要するに彼女のすべてが好きで好きで仕方なく、思わずその頬に手を伸ばしかける。

 いや、実際に、伸ばした。

 手の平に、冷たい、皮膚の感触――

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LOVE IS [NOT] DEAD. 目次へ

この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ

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