20世紀の歴史と文学(1924年)

とうとう100年前の時代までやってきた。

小国の宿命シリーズを、飛鳥時代の初回から読み続けてくださっているフォロワーの方にとっては、224回目の記事でここまできたことになる。

そう、今年は2024年。パリオリンピックが開催されるわけだが、奇しくも100年前も同じパリでオリンピックが開催された。

そして、100年が経っても読み継がれている文学作品として、谷崎潤一郎の『痴人の愛』と宮沢賢治の『注文の多い料理店』がある。

『注文の多い料理店』は、小学校の国語の教科書に掲載されているが、自分の子どもが本読みをしているという人もいれば、自身が子どものときに読んだという人もいるだろう。

さて、久しぶりに政治の話をすることにしよう。

1924年のパリオリンピックは、5月4日に開催されたのだが、オリンピック期間中の5月10日に、日本では第15回衆議院議員総選挙が実施された。

ちなみに、現代において、直近の衆議院議員総選挙は、3年前の2021年10月31日に、第49回が実施されている。

現代と比較すると、議席定数は1924年が464で、2021年は465なのでほとんど変わらないが、投票率は全然違った。

1924年は、なんと91%の投票率だった。2021年は、55%である。

2021年の選挙は、令和に入って初めての選挙であり、第一次岸田内閣のときだった。そのとき以来、岸田総理の政権が続いているので、今年の10月で丸3年が経つという状況である。

同じパリオリンピックの年に、果たして解散総選挙はあるのか、注目したいところである。

話を1924年に戻すと、第15回衆議院議員総選挙の結果で、憲政会・立憲政友会・革新倶楽部の3党(護憲三派)による加藤高明内閣が発足した。

政党の話はいろいろと複雑になるのでここではあえて触れないが、主な政治家の名前はおさえておきたいところである。

まず、加藤高明は、憲政会の所属であり、初めての東大出身の総理大臣として、第24代の内閣総理大臣に就任した。憲政会は、選挙前より議席数を48も増やし、151議席を占める第1党となった。

立憲政友会は100議席を獲得したが、このときの党首は、1921年に第20代内閣総理大臣を務めた高橋是清である。

そして、革新倶楽部の党首が、知る人ぞ知る犬養毅である。革新倶楽部は30議席を獲得したので、これら3党で281議席を占め、過半数を確保したのである。

犬養毅は、1931年に第29代の内閣総理大臣に就任するが、五・一五事件で暗殺されたことは、多くの人がご存じだろう。

1924年に内閣総理大臣に就任した加藤高明は、選挙の公約として、普通選挙法を成立させることを有権者に約束した。

加藤高明内閣の成立から、犬養毅が暗殺されるまでの8年間は、「憲政の常道」という言葉に象徴されるように、政党政治が正常に機能していた良き時代だった。

それがいつしか軍部の台頭で綻びを見せ始めるようになる。

奇しくも、イタリアのムッソリーニやドイツのヒトラーも、同じ1920年代に、政治活動を本格化させていたのである。






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