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企業法務の在り方 Part.04 - リスクに合わせた法知識の身に付け方 -

 企業法務の業務範囲はとても広いです。専門性の高い業務や、幅広い知識と深めの経験値を求められる業務など様々です。そのような状況の中で、企業法務の皆さんは会社、役員、部門・部署、従業員の方々からの要請・依頼に十分に応えられるかどうか。いろいろな角度を通して、皆さんの会社それぞれの企業法務の在り方を確認してみましょう。

 今回は、企業法務の法知識の身に付けることについて考えてみたいと思います。。




企業法務は頼りになる存在。だが・・・

 法務の皆さんは、日頃の実務で様々な法務対応に追われていることと思います。会社は事業を推める中で、もちろんリスクの無い事業はありませんので、何らかのきっかけでそのリスクがアクシデントとなります。そのようなときに企業法務を担当する皆さんは、とても頼りになる存在です。企業法務がそのアクシデント対応に追われることはいくらでもあります。

 先日の記事「企業法務の在り方 Part.03 - リスク管理能力を伸ばした法務が会社を助ける -」では、企業法務はリスク管理能力を伸ばすことが必要であるとご紹介しました。法務の皆さんがその会社のリスクについて事前に把握し、そのリスクに対応できる準備をすること、つまりリスク・コントロール/リスク管理をどの程度理解しているのか、ということが必要です。準備が事前にできていればリスクを未然に防止することができ、いざアクシデントが発生しても対応すべき方策を実行していきます。これによって被害を最小限に食い止めることができます。


 さて、リスク管理は事前の準備が必要であることは理解していても、どのような事前準備が必要なのか?と考えたとき、頭を悩ますことが多いのではないでしょうか。そこで前回の記事で、企業法務の皆さんに「リスク嗅ぎ分け力」を養っていただき、そのリスクに十分対応できる準備していただくこと。もしその会社にリスク管理部門があれば、その部門と連携して会社のリスクを事前に把握して準備することが必要ではないかとご紹介した次第です。では、リスクを嗅ぎ分けてそのリスクに十分対応できる準備をする・・・どのような準備が必要でしょうか?この準備ができてこそ、頼りになる存在になることでしょう。

 その準備について、ほんのいくつかですが挙げてご紹介します。



【法務の事前準備・その1】リスクに合わせた法令を知る

 法務は「法」とありますので、法令の知識を持っていることが必要です。ただ法令と言っても、その数はたくさんあります。e-Gov法令検索(デジタル庁運営)でデータベースに登録されている法令数は、次のとおりです。(2024年02月22日閲覧時のものです。)

  • 憲法:1件

  • 法律:2126件( 4件)

  • 政令:2314件(10件)

  • 府省令:4204件(23件)

  • 規則:435件(1件)

*カッコ内は新規制定未施行数

 この中には、皆さんの会社の経営・事業等に直接影響する法令がたくさんあります。その法令を幅広く把握することは大変ですし、これを知識として持つことはさらに難しいです。そこでお勧めする事前準備は、会社のリスクに合わせた法令をPick upして、その法令を深く知り把握することです。ただ、その法令を深く知り把握することだけでもかなり大変な準備です。

 まずは、皆さんの会社の経営・事業等のリスクを洗い出します。リスクについても、直接的なのか間接的なのか、影響度が高いのか低いのか等をみていきます。そのうえでそのリスクに関係する法令があれば、その法令についてよく知る(把握する)というようにします。
 会社の経営・事業等のすべてのリスクは、必ずしも法令に直接関係していたり、対応可能なわけではありません。そこで法務の役割は、会社が「法令遵守」のうえで経営・事業を進めていくことができるようにすることが本分ですので、まずは会社の経営・事業等のリスクのうち、法令遵守することで解決/対応可能なリスクに対応することを考えます。直接的で影響度が高いリスクから考えていくのが良いでしょう。ここまでできましたら、そのリスクに関係する法令をPick upすることができます。

 また、会社の業種、業態、規模等によってもリスクは様々です。同じ業種だからといって、他の会社と同じリスクがあるわけではありません。他の会社を参考にすることは全く問題ありませんが、そのまま皆さんの会社にも当てはめてしまうことは要注意です。例えば、製造業または製造物を海外から輸入している会社の皆さんは、その製造物に対して責任を持っています。これは製造物責任法(PL法)に定めており、この責任(リスク)に十分に対応するためいわゆるPL保険に加入します。ただし、このPL保険だけで十分な対応ができないことをご存知でしょうか。PL保険で支払われる保険金は、被害者への損害賠償金、争訟に関する費用(裁判・弁護士費用等)などですが、ここには製品自体の損害や修理・交換等の費用や身体障害や財物損壊を伴わない経済損害等(例:逸失利益の損害)は含まれません。会社でリスクを洗い出す際には、そのリスクには直接的な面(例:被害者への身体的損害への賠償等)と間接的な面(例:被害者の財産的損害への賠償等)を分けたうえでその対応策を検討する必要があります。ちなみに、間接的な面の対応策としてはE&O保険(Errors & Omissions)ほかとなります。詳しくは保険会社にご相談して皆さんの会社の事業にあったかたちの保険をお選びになることをお勧めします。


 このように、まずはリスクに合わせた法令を知ることからはじめることをお勧めします。リスクの洗い出しはとても大変な作業ですが、もし皆さんの会社にリスク管理部門やリスク対応に関する委員会がありましたら、連携・協力しながら作業するのが良いでしょう。



【法務の事前準備・その2】リスクに合わせた保険を知る

 「法務が保険?」と疑問に思われる方がいらっしゃるかと思います。みなさんの会社でも、会社が保険の加入等の検討、加入の手続きを行う部門としては総務部門が行うことが多いでしょう。しかし、その総務部門の皆さんは、会社がその経営・事業を行ううえで必要な保険に加入しているのか、またはどの程度の範囲と損害額をカバーしているのか、これらすべてを把握しているわけではありません。それに、保険はその期間が1年で、毎年更新する必要があります。(*注:複数年の保険契約もありますが、1年・複数年それぞれメリット等の違いがありますので、十分にご検討ください。)

 そもそもですが、会社がなぜ保険に加入するのかといえば、それは会社を金銭的損害から守るためです。すべてがお金で解決できるものではありませんが、リスク・コントロールでは解決の方法としてまずはお金が先立つものとなります。ですから、会社経営においてこの保険を知ることはとても重要であると同時に、まずはこれを知ることがリスク対応の手始めになります。会社によってこの保険を担当する部門はいろいろだと思いますが、大方は総務部門でしょう。ここで経営者の皆さんにお勧めしたいのは、この保険を担当する部門を法務にすることです。法務は会社のアクシデント発生に際して直接的にも間接的にも接する機会が多い役割ですので、会社のリスク、アクシデントに最も近い存在です。どの程度の保険金が必要となるのか。保険金が支払われるケースにはどのようなものがあり、それは会社のリスク、発生しうるアクシデントに当てはまるのか。保険加入の際には、このようなことを見積り、確認したうえで検討する必要があり、このときには法務の皆さんが持つこれまでの経験や各種資料が重要です。保険は過分な条件で過分な保険料を支払う必要はありませんし、逆に過小な条件で保険料を抑えてしまえば会社のリスク、アクシデントに十分な対応ができません。過分ではなく、また過小にならないようにするためにも、保険加入の検討は会社経営の重要な要素です。このとき、ぜひ法務の皆さんが持つこれまでの経験や各種資料を活用しましょう。また、保険契約は「保険法」に基づいています。保険に加入する際は必ず「保険約款」に基づいて加入・契約することとなり、場合によっては重要事項を説明する書面の提出も必要となります。これら一連のものを取り揃えるのは、それぞれいろいろな部門が分担して揃えるより、法務が取り纏め役として管理する方が効率的でしょう。


 法務の皆さんにとっても、保険を知ることは大いに有効です。法務業務を行ううえで保険の知識は必要不可欠ですし、会社の保険加入状況を前もって知っておくことで、アクシデント対応も迅速かつ的確に行うことができます。アクシデント対応の成功事例の経験を持っている法務の皆さんは、とても貴重な存在です。また、法務の皆さんへはファイナンシャルプランナーの資格を取得されることをお勧めします。試験範囲には、リスク管理と金融資産運用があり、ここに保険に関する問題が出題されます。法務の皆さんが普段の業務で行なっている業務の経験に、リスク管理と保険、その他の知識を学ぶことで、ファイナンシャルプランナーの資格取得に近づくことができます。逆に、ファイナンシャルプランナーの知識と経験が企業法務の業務に大いに活かすことができます。ぜひご一考ください。



企業法務で「知る」ことは最大の防御策

 以前の記事「管理系部門がIPO準備でやること Part.04 - 法務編続編 -」ほかで、孫子にある「彼を知り己を知れば百戦殆うからず(かれをしり おのれをしれば ひゃくせんあやうからず)」の言葉をご紹介しています。孫子は兵法であることから「戦うための、戦うに際しての戦略」を理解されることが多いようですが、読んでみると、必ずしも好戦的な内容ではありません。逆に現実主義で、戦うに際してどのように主導権を握るのかが主に書かれています(*注:岩波文庫「新訂 孫子」金谷治訳注 参照)。法務の役割も好戦的なものではありません。強いて言えば防御の立場です。会社のリスク等に対して現実主義の観点で捉え、会社の立場等を第一に考えて対応策を講じて対応にあたります。


 上の事前準備その1・2で「知る」を重ねました。この「知る」について、次の孫子の言葉を引用します。

知彼知己、百戦不殆
不知彼而知己、一勝一負
不知彼不知己、毎戦必殆

彼れを知りて己れを知れば、百戦して危うからず
彼れを知らずして己れを知れば、一勝一負す
彼れを知らず己れを知らざれば、戦う毎に必ず危し

(出典:岩波文庫「新訂 孫子」金谷治訳注 51-53ページ 謀攻篇五)


 法務の役割として「知る」ことは非常に大切です。ただ、知ることには限界があり、先にご紹介したとおり、特に法務が会社のリスクについて社内外すべてを知ることは「彼れ(社外・不測の事態)を知りて己(社内・予測しうる事態)を知れば、百戦して危うからず」なのですが、とても難しいです。しかし「彼れ(社外・不測の事態)を知らずして」の場合でも「己れ(社内・予測しうる事態)を知れば」、会社のリスクを低減する可能性があり、アクシデント発生においても十分な対応をすることが可能です。まずは完全勝利ではなく「負けない対応策を講じる」ことが、法務の使命だと考えます。そのためにも、法務の皆さんにはまず「知る」ことから始めていただくことをお勧めします。

 また、上でご紹介した「知る」も、法令を「知る」は理論武装。保険を「知る」は具体的な実装の一例です。この組み合わせのバランスが重要です。理論や実装が少なかったり、バランスが崩れたりしたら、元も子もありません。ぜひバランスの良いかたちの「知る」を作って、頼りになる存在になるように私も応援します。



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