白米へのこだわり [小説 東の国①]

ここは通称東の国。
その中の南寄りの山間にある小さな村。
あたりは、米が主食のこの国を表すように田んぼの連なっている風景が広がる。

この東の国では、食堂を見ればそこが北寄りなのか南寄りなのかを見分けることができる。
それは、村や町には必ず一軒ある食堂を見てみることだ。
ちなみに、私の食堂は南寄り。
何故ならタヌキの獣人が経営する通称「ぽこ食堂」だから。
 北寄りの食堂は狐の獣人が経営している通称「コン食堂」。
料理が、おしゃれで最新のものが多いのに合わせてか外見もしゃれていて素敵なのが印象的。
娘時代なんかは、友達とキャッキャはしゃぎながら頑張って休日に遠出したものだ。

けども、このぽこ食堂にだって強みがある。
つやっつやの白米の炊き具合と、それに合うおかずの品々は双方を合わせてさらに最高!と、なるように頑張って作っている。
なので、目玉商品は定食全般だ。
なお、ぽこ食堂ではご飯とお味噌汁はお代わり無料である。

いつも通り、少し遅めの時間に起きた私はお昼営業に合わせて店内を軽く掃除してから、お店の集う商店街へと出かける準備をした。
人の姿の方が荷物を持ったまま移動するのに適しているので、この時はそれで移動する。
うちも商店街の中にあるとは言え、端の方なので店を出れば隣にズラリと小さなお店が集合して並ぶ商店街が見える。
ちなみに、反対側には田園の中にぽつぽつと民家が存在するつくりとなっている。

この国では他の種族より土地柄か。商いの得意な獣人が多いため商店街の店主のほとんどが獣人だ。
この国のほとんどが、規模の差はあれど獣人の店主の多い商店街なので、別の国の人からはモフモフ商店街と呼ばれている。
けども、この村では皆商売時には人の形に変化しているので実際そんなにはモフモフしていない。

さて、本日は野菜と魚を仕入れるため八百屋と魚屋を通り過ぎて雑貨屋へと向かう。
一般的な人なら八百屋と魚屋に行くのだろうが、私も商人ギルドに登録しているので、大量に仕入れる場合は商人ギルドの雑貨屋で注文するとまとめて後で届けてくれるのだ。
この国では、他の国と違い商店街があるのだがそれは組合という。
他の国で言うギルドの事である。
この組合、まずまとめ役として組合長がおり、その下に魔法使いの館・商人ギルド・冒険者ギルドそれぞれを別の店が管理している形となっている。
この村では商人ギルドは雑貨屋が運営しているのだ。

「こんにちは。今日も、仕入れの注文お願い。あ、それとこれはいつものおにぎりね」
「あいよ!あー、この握り飯が一日の楽しみなんだよな」
「具はいつもと一緒なのに飽きないねえ」
「飽きないぐらい美味いってことよ」
すらっとしたシカの獣人のお兄さんにそう話しながら、いつもの流れであるタケノコの皮で包まれたものを手渡す。
中身は梅・鮭・昆布のおにぎりと、黄色いたくあんが二つの持ち帰り用のおにぎりなのだが、私のこだわりを表すかのようにその一つ一つはかなり大きい。
ちなみに、私のモットーは「美味しいものを腹いっぱい食べられれば幸せ」である。

注文用紙に書き込みながら情報収集という名前のおしゃべりは止まらない。実は、こういうところにお得な情報が紛れていたりするのだから。
まあ、実際はあたりの情報を引く確率は三か月に一回あるかどうかだが。
「それに、俺が子供のころ落ち込んだ時とかにもこのおにぎりくれたりしたじゃないっすか。だからなんかこれ食べると励まされてるなーって勝手に思うんすよね、めっちゃ大きいけど」
「おにぎりは大きくていいんだよ。一口でもうなくなっちゃったって思うと悲しいだろ」
「いやそれ、おばさんの謎理論じゃないっすか。あ、やべっ!」
慌ててお兄さんが自分の口を塞ぐも、その時にはすでに私は耳としっぽの変化の魔法が溶けてしまっている事に気づかないぐらい怒っていた。
「今の言葉はダメだって言ってるだろ!私の事はおばちゃんって呼んでおくれ!…はっ、しっぽしっぽ!」
やってしまった。
おばさんと言われるといつも、耳としっぽが出てしまう。慌ててしっぽを抑えるようにして抱きかかえるも、こういう時は集中できづらいからかなかなか元に戻りづらいのだ。
「すまないねえ、どうしてもおばちゃんって言われるほうが良くてついあの言葉に過剰に反応しちまうんだ。明日は高菜おにぎりもサービスで持ってくるよ」
「いやいや、慣れてるし俺が言っちまったのが悪かったんだ。ごめんよおばちゃん。でも、さすがにあの大きなおにぎり4つは食いきれないからいらない」
しんみりとした空気なのに、どうしてだかきっぱりと高菜おにぎりは断られてしまった。美味しいのに。

何とか変化の魔法を再びかけてしっぽと耳が隠れてからお店を出ると、商店街は午前中の最も活気のある時間帯に突入して活気が出ていた。
先程の事で少し時間が経ってしまったので下駄をカラコロ鳴らしながら小走りに店へと向かった。
今からは、私の戦闘時間の開始である。心の中でほら貝を吹きながら気合を入れた。

まず、店に着けば手を洗い愛用の割烹着に着替えて、前日の内に仕込んでおいた出汁となる昆布を入れた水に火を入れて昆布を引き上げ、ちょっとしてから鰹節も投入してすぐに濾す。
うちの出汁は昆布と鰹節を使っておりこれは私の好みの味でもある。
 この出汁を基本に料理を作るのだ。
さらに、ぬか床からはキュウリと大根と人参を出してかき混ぜながら次の材料を入れておく。
このぬか床用の壺はこの国の発酵師が中央の国と共同研究で開発した特注品で、温度やらなんやらをぬか床に最適に保っているらしい。
 魔道具にそこまで詳しく無いので細かい事はわからないが、美味しくできて失敗知らずなので目玉が飛び出そうな買い物ではあったが元を取るどころか十分におつりが返ってくる働きをしてくれている。
冷蔵庫を確認して今日の小鉢を確認する。
昨日の夜仕込んでおいたので数の確認だけだが、場合によってはこのタイミングで小鉢も用意する。
メインのおかずは決まっているのでそのソースを作っておいて食材が到着次第調理工程に入るのだ。
そしてソースを作ると同時にお味噌汁を作る。今日は定番のわかめと豆腐とネギのお味噌汁だ。もちろん、先ほどの出汁は惜しみなく使う。

うちの店ではカウンター席とテーブル席のほかに囲炉裏の席もあるのだが、そこでお茶用のお湯を鉄瓶で沸かす。
そうこうしているうちに、この辺で先ほどのシカのお兄さんが注文品を配達に来るので、メインにとりかかる。
そして、仕込みがひと段落したら机を拭いたりお箸を並べるといった準備をして、のれんを手に取り扉を開けるのだ。

「おまたせしました。いらっしゃいませ!
 お品書きは壁の木札に書いてありますのでご覧になってください。
 うちの店はお茶とお水はサービスでお代わり自由ですよ」
今日も、通称ぽこ食堂は自慢の定食から一品料理まで、ホカホカの白米と共にあなたのご来店をお待ちしております。