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東京タワーにいつかの夢を見て

東京タワーを少しずつ登っていく。徐々に遠のいていく街並みが綺麗だった。と、月並みな感想しか出てこない。届きそうで届かない星に手を伸ばして、落胆するみたいに、いつかの夢は叶わなかった。空に浮かぶ赤が沈み出す頃に、彼女の綺麗にかき分けた黒髪が赤に染められる。と、比例して、虚しさが募っていく。

夏が始まったばかりの夕方の気候はやけに生ぬるい。まるで僕たちの関係性ように。夜になれば涼しい気候になる。まだ煮え切らない僕の感情と比例して。東京タワーの最上階から街を覗く。ここにはiPhoneは必要なく、僕たちは会話をすることができる。そして、無言が続いた。テキストなら会話がてわきるのに、いざ対面になると何を話せばいいかわからない。ふたりの関係が終わりに近づいていくことだけはわかる。きっと、今日終わってしまうのだろう。

空に浮かぶ赤が音もなく底に沈む。その瞬間に街はネオンに彩られていく。かつて夢見た東京に、簡単に見えてしまった頂上。綺麗な夜景を横目に、凍りついた彼女の視線が少し痛くて、もどかしい。ここに登った瞬間に何かを手に入れて、何かを失った。夢か恋か。その両方か。何かを得た代償に失うものがあるという事実は痛いほどに理解している。もう赤は恋と夢とともに沈んだ。街はネオンに染まった。夜だというのに、太陽が出ている時間よりも明るいのかもしれない。

刹那的な感覚で生きているから、自分の軸がない。彼女は夢を追うだけの僕と違って、夢を見据えながら、きちんと現実を生きている。僕は好きなものが合うことよりも、嫌いなものが合うほうが好きだ。好きなものは、僕がいなくても成立するけれど、嫌いなものは、互いの感覚を擦り合わせなければならない。とはいえ、嫌いの感覚を擦り合わせるのは難しいし、想像以上に時間がかかるし、どちらかが我慢を強いられる。それを人は妥協だとか、許容だと呼ぶ。彼女とは好きの感覚は合うけれど、嫌いの感覚は合わないのかもしれない。と、研ぎ澄まされていない直感が言う。

彼女は僕と真逆で、自分の好きをたくさん共有したい人だった。嫌いなものは見なくていい。そんなものに時間をかけるのであれば、見たいものを見る時間を作る。キラキラした街を眺めながら過去を回想。過去から逃げ続けた自分が嫌になる。とはいえ、嫌いを避け続けた人の末路をたくさん見てきたため、いまは良くてもいつかは向き合わなければならない、とは、思う。好きだけではやっていけない。そんな声がどこかから聞こえたような気がした。東京タワーが赤に染まるに、比例して、街は黒とネオンのコントラストを奏でる。綺麗だねなんて彼女が言うから、同調して「そうだね」とだけ返す。また無言になって、どちらが別れを切り出すかを待つだけだった。

最近は梅雨がいつに来るかの予報があてにならない。今日の天気予報は雨だったのだけれど、雨は1滴も降らなかった。宝くじやライブのチケットなど、たいていのものは当たりを願うのに、天気に関しては当たらないほうを願うなんて、意味がわからない。そして、僕の願いも天気予報と同じく当たらず、彼女との関係は呆気なく終わった。

かつて赤のワインが入ったグラスを揺らしながら、見せる艶やかな彼女の表情が好きだった。赤色のネイルに、赤色のバッグ。赤は彼女を表す色だ。情熱的な炎は激しく燃えたあとに一気に鎮火する。彼女は放出したエネルギーの方向性を間違えたのかもしれない。僕を色にたとえると、きっと青色だろう。悲しみを帯びたブルー。赤と青を混ぜて紫。きっと彼女に嫉妬していたにちがいない。もしも本音で話せていたら二人の関係性は続いたのかもしれない。なんて、終わってからもしもを考えても何もかもが後の祭りだ。

東京タワーを少しずつ登っていく。徐々に遠のいていく街並みが綺麗だった。と、月並みな感想しか出てこない。届きそうで届かない星に手を伸ばして、落胆するみたいに、いつかの夢はまた叶わなかった。

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