no.11/気温20度、何着る?【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)
※目安:約5000文字
「たくあんさん、さすがにもう寒いでしょ? ソレ」
11月も下旬になり、さすがに半袖裸足にハーフパンツ姿でいられると、見てるこっちが寒くなる。いつも通り夕食を終え、思い思いに夜のネットタイムを過ごしていると、キツネくんがついに耐えられなくなったのか、たくちゃんに声をかけた。
「んー? よくわかんねー」
作業をしながらの、投げやりな声は通常運転。でもたくちゃんにとって本当によく分かんないんだろうなぁと思えるのは、去年で実証済みだからだ。俺とメガネくんとで無理やり長袖を着せて、見る側に配慮した寒い冬をなんとか乗り越えたのだ。
「寒さを感じないとか。たぶんスけど、風邪ひいても自覚ないんじゃないです?」
「バカは風邪をひかない、の所以だな。諸説あるらしいが」
「たくあんさんはバカじゃないッスけどね」
「ものの喩えである」
「実際には風邪をひかないのではなく、風邪を引いていることにも気づかないほどおバカということらしいが。それを地で行くとはな」
おバカって。武士っぽい雰囲気から漏れた可愛らしい表現に、思わず笑みが浮かんでしまう。
「バカかどうかはこの際関係なくてだな、拓人に風邪をひかれるとここに集まれなくなるだろう。それは俺たちとしても困るんだ。まあ、自覚がなくともこの時期は冷えないようにしてくれ」
「あ? ……んー」
聞こえているのかいないのか、適当な返事が返ってくる。
「暑さはわかるけど、寒さがわからない、のであるか?」
「そうッスよね、夏は普通に「暑い」って言ってエアコンガンガン効かせてましたから。僕としては自分の部屋の電気代浮かせられるんでいいスけど」
「ごちゃごちゃとうるせーなぁ……。なに? 俺のこと?」
たくちゃんは集中できなくなった様子で手を止め、話に参加してきた。
「そうだ。もうすぐ年末だというのに、真夏と変わらない格好はやめて欲しいという話だ」
「だって寒くねーし」
「寒さだけがわからないのであるか?」
「わからないんじゃなくて。いま、俺は、寒く、ないの! 雪でも降ればさすがに寒いって言うよ」
……鈍感かよ。
「えー、でもそれでたくあんさんが風邪ひいちゃったら、僕たち集まる部屋を失うんスよ」
「なーんだ、俺より場所の方が心配なのか」
この場合確かにそうなるけど、俺としてそこはイコールだ。たくちゃんはきっと風邪をひいても自覚がないまま作業しそうだから、それなりに心配はしている。とはいえ実際たくちゃんは、本人よりも部屋や仕事の心配をされていたとしたって何とも思ってなさそうだけど。
「えっ、いやー、そういう事じゃなくて! あれッスよ、本とかグッズ関連の発売ペースに影響が出てしまってはアレだし。ね?」
「ふーん。やっぱり俺より本の心配なのかー。まぁ俺としてはそれでも良いんだけど」
「だからー、そういう意味じゃないですってばー」
「安心しろよ。俺、熱あっても作業できる自信しかないから!」
……ほらやっぱり。そんな事でドヤったって、何も良いことないぞ。
「いずれにしてもだ、拓人は気温の変化がもたらす自分への影響を想定できないようだから、こんなものを参考にしてみたらいいんじゃないか」
「何スか? これ」
「“気温20度で何着る?” だ」
……気温20度で何着る?……メガネくん、急に何を言い出すんだ。
「気温? であるか」
「真夏や真冬はともかく、季節の変わり目やどっちつかずな陽気の際、人は着るものに困るそうだ。ネットで検索すればさまざまな資料が飛び交っている」
「資料……ッスか?」
メガネくんはキツネくんに向かって頷くと、自分のスマホを上向きにして、ダイニングテーブルの中央へ置いた。
「気温、と入力しただけで『20度』『服装』などと予測変換され、おすすめコーディネートがこれだけ挙げられている。拓人の場合はこの他に15度、10度くらいを設定して、把握しておくのが効果的だと思う」
「なんでだよ」
「偶然この部屋の時計には温度が表示されているからな。ちゃんと数字としての気温を確認して、それに相当した服装をしていれば、まぁ無自覚に風邪を引く可能性も減るだろうというわけだ」
「なるほど! メガネさんさすがッス!」
そういえば、昭和な部屋に何となく不釣り合いなデジタル電波時計は、小さいながらご丁寧にカレンダー機能や温度湿度まで表示されている。
「見てみろ、今の気温が18度だ。薄手でも長袖の方が無難だと思うのだが」
「せめて靴下を履いてほしいである」
「長袖かぁ、あったかなぁ? 靴下もなぁ……」
「去年、俺と102が買ってきただろう?」
そうだった。せめて冬、寝る時くらいは気をつけろと言って、パジャマ代わりのスエット上下を買ってきたんだった。
「あぁあれね、あるよ。押入れの中に」
「押入れ……」
押入れを塞ぐ2台のキャスター付きキャビネットに視線を移したら、思わず声が出てしまった。そうか。あれを動かす事ってあったんだ。押入れの中は永久凍土かと思ってた。
「ん? その他に冬服はないのか。押入れの中見せてみろ」
「おお、たくあん氏の『開かずの押入れ』ご開帳である」
「え、僕も見ちゃっていいんスか?」
「別にいいけど服とか本当にないから。高校卒業してから家の中にいる時間の方が圧倒的に長いし、私服なんてそんなに持ってないんだよ」
ブツブツ言いながらも、たくちゃんは「ヨッコラセ」とゲーミングチェアから立ち上がり、重そうなキャビネットを力一杯に引きずった。キャスターが付いてるのに、そんなに力がいるのかよ。
「ほら、ここ」
押入れの左側を開けると、主に段ボール箱と、直に本と、ビニール袋に入ったグッズ的な何かとか、色々出てくる。大体は段ボール箱に詰まった本みたいだったけど、一つだけ大きくて蓋付きで透明な、衣装ケースのようなものがある。
「これッスかね」
「うん、それ」
「え? なにこれ、重っ!」
衣装ケースに乗った段ボール箱をどかそうとして、あまりの重さにキツネくんが変な声を上げた。
「何って本だよ。キツネ、このくらい動かせよな、ヒャヒャヒャ」
適当に退けられた箱の横に衣装ケースが引きずり出されて、蓋が開いた。
「これだろ? 去年二人が買ってきてくれたやつ。あとは、そんなにねーし。適当に見てよー」
「これは何であるか? ジャージ的な……」
「高校のジャージじゃね?」
実家か!! 高校のジャージとか、なんでそんなの持ってるの?
「卒業と同時にここに引っ越してきたからなぁ。寮から撤収した荷物、ほぼ全部突っ込んだ感じ? 制服とか普通にゴミで出していいのかわからなくて、たぶんその中に入ってるよ」
「制服ッスか……。ま、燃やせるゴミでいいんじゃないスか? 知らんけど」
「高校時代は寮暮らしだったのであるか……」
先ほどのジャージに引き続き、意外にも丁寧に畳まれた高校指定の体操服やら制服やらが次々と出てくる。
「2階からここへ引っ越した時に整理しなかったのか?」
「急だったし、もっと重要なことがアレコレあったんだよ。それに、これでも減らせるものは減らしたしさぁ。衣類まで手が回らなかっただけ」
高校卒業と同時に入居したのは、おそらく以前住んでいた203号室なのだろう。押入れだけでもこの重量感。キャビネットも重たそうだったし、一部とはいえ床に穴が空いたのにも頷ける。早かれ遅かれ、一階へ引っ越すのは必然的だったのではないかと思う。
「それにしてもこのジャージ、ガッツリ名前刺繍されてますけど、やっぱり『鳥海』ってしっくりこないッスよね。僕にとっては最初からたくあんさんなんで」
「本名の定着のために、家の中ではジャージで過ごしたらどうであるか」
「いやまてよ。適度な温度調節には、意外とちょうど良いかもしれん」
「マジかよー、そうなの? じゃあ、部屋着にしよっかな」
学年カラーだろうか。紺ジャージの胸元に青い糸で『鳥海』と刺繍された名前をぼーっと眺めていたら、俺にとっては名字でもペンネームでもなくて『たくちゃん』が馴染んでるなぁなんて感想が頭を掠めて、思いがけず口から言葉が漏れてしまった。
「いいじゃん名前なんて何だって。たくちゃんであることには変わらないんだし」
一瞬、部屋が静かになる。あ。また何か変な事言っちゃったかも。俺は内心めちゃくちゃ焦って四人から目を逸らしてしまった。
「だよなーっ! やっぱりいっちゃん分かってる! そうそう、俺って分かれば呼び方なんて何でも良いんだよ!」
思いがけない言葉に視線を戻すと、もういつものように部屋の中は賑やかになっていた。
「そうッスよね! 僕にとっては『たくあんさん』ですけど、ご家族とか、活動の秘密を知らない人にとっては『鳥海さん』のほうが当たり前なんスもんね」
「あー、いや。家族の話はいいよ……って、まさかいっちゃんのも高校のジャージ?」
んなわけあるか。
「これは引っ越してきた頃そこのスーパーで普段用に買ったやつ。学校のじゃないから」
平静を装って小さく反論する。
「二階の衣類コーナーッスね! あそこ何でも安くて良いッスよね」
「そういえば先程出した拓人のスエットも、去年あのスーパーで買ったものだ」
「コーナーの狭さに反して品揃えが豊富である」
「俺、そこのスーパー数えるほどしか行ってねー気がする」
「たくあん氏はもう少し外出しても良い気がするである」
……そうだよ。
名前なんて何でも良いじゃないか。
俺は何をこんなに拘って、今まで無意識に引きずってきたんだろう。
本当の名前の由来とか、俺自身へ適当に当てられた名前とか、妹に回された文字とか、親の本当の想いとか。俺が背負い込む事じゃないってわかっていたのに。心のどこかでずっと、引きずっていたんだな。
「……さん? 102さん、大丈夫ッスか?」
「もしかして俺、いっちゃんに嫌なこと言っちゃってた? ジャージの事だったらごめんね」
「そもそも102氏のジャージには名札がないである」
「そうッスよ、たくあんさん。よく見てあげてください!」
「あー、俺が悪かったよ!」
「別に、誰も悪くないよ。ちょっとうるさくて疲れただけ」
まさか、ずっと抱えてたモヤモヤのひとつが、こんな事で軽くなるなんて想定外。でもそんな事思ってるなんて知られるのが恥ずかしくて、にぎやかな雰囲気のせいにしてごまかした。
「ほら、やっぱ何か悪いんじゃん、うるせーってさ」
「お、これなんてどうだ」
突然メガネくんがそう言って、再びみんなにスマホ画面を見せる。何かの検索結果? メガネくんもこう見えてなかなかマイペースだなと思う。
「先ほどの気温20度の件をだな、もう少し細かく検索してみたら、なかなか良い資料が出てきてな」
「気温と、服装の、対照表? ……なんスか?」
「この表では20度、18度、16度、12度などと、細切れの服装目安が一覧になっている」
「圧巻である」
「つまり、これに沿って拓人の私服パターンを用意し、拓人は部屋の温度計を確認して着るものを決めればいい」
「名案ッスね!」
「今から拓人の私服を全部出して組み合わせを作り、足りないものは後日買い足そう。冬支度だ」
「たくあんさんの冬支度! 手伝いまッス!」
「大掛かりになってきたであるな……」
「面倒くせーなー。勝手にやっててもらうのって、アリ?」
「ナシだ。おまえの事だぞ」
……メガネくん、お父さんかよ。
「メガネさん、ジャージとか制服なんかもアリです?」
「……制服はとりあえずナシだ。セーターとジャージはアリで」
「OKス! 102さん、とりあえず僕が全部出していくんで、メガネさんの表見て組み合わせ作ってください!」
「え? 俺?」
「ほら、いっちゃんが困ってるぞー。それに俺もイヤダー」
「自分の事だろ。衣替えだ。ちゃんとやれ」
「なんで夜にはじめるんだよー……」
「……そこは同感である」
ざっと見るだけでも、相当買い足しが必要そう。とりあえず明日は月曜日だから、せめて今日のうちに寝かせてくれ……
「そして、ついでに押入れの大掃除だ」
「えーっ、メガネさん、今からそれは勘弁! 明日月曜ッスよ!」
[『気温20度。何着る?』完]
※次回は12月1日(金)20:00頃更新予定です!
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鳥海拓人の高校時代が垣間見える?
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『こいつは過去から縁起がいい!』
第一弾【タネもシカケもありマス】は
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