SAAB900。その助手席の女性、通り過ぎた街。

同じクルマを2台乗り続けることは、あまり普通の人はしなさそうだけれど、1台目がどう修理しても乗り続けられないトラブルにより手放し、どうしても諦めがつかず、まったく同じ車種、同じグレード、同じ色の2台目を探し、乗り続けたクルマがSAAB900。SAAB900の4ドアも、街中を走っている姿を見たら、ふと目で追ってしまいたくなる印象的なフォルムなのだけれど、2ドアハッチバックの900Turbo、しかもエアロパーツ仕様の16Sは、SAAB900の中で、フラッグシップカーというだけでなく、独特の存在感を持ったフォルムで、20代の頃、中目黒の中古輸入車専門店へ、4ドアの900を探しに行った時、在庫車の1台として、ガンメタリックの16Sを紹介された時の興奮は、今でもよく覚えている。
ガレージの奥からスタッフが走らせて来た16Sのマフラー音は、Turbo車のそれらしい低音を轟かせ、徐行の速度だったのだけれど、スポーツカーの雰囲気を漂わせていた。ボディの色のガンメタリックも、ベンツやBMWのガンメタリックとの違いを感じさせた。なぜだろう。その当時乗っていたカリーナEDも白で、今までクルマの購入に検討するボディカラーは、明るい色でも原色でもない基本白いクルマが好きだったし、SAAB900ならば、4ドアだろうと2ドアだろうと、なぜかガンメタかブラックが欲しくなる不思議なクルマだった。それが外車に求める高級感ではないから不思議だ。
とにかく、もし、このクルマを買うならば、赤でもなく、白でもなく、ガンメタ、あるいはブラックにしたいと思った。でも、やはり最初に目に映ったそのフォルムにとても魅了されてしまって、フロントから観た印象は4ドアセダンと大差ないのだけれど、後ろに回って観た時のハッチバックの曲線、これは、実際のクルマを観てもらわないと伝え切れないかも知れないが、自分が観てきたどのクルマにもない美しさで、どうしても、このクルマが欲しいと気持ちが一気に加速していきそうになった。
そのはやる気持ちを抑えきれないまま、内装の状態をチェックさせていただいた。レザーシートは堅甲そうだが、上質なバッファロー皮で運転席に座ってみても、まったくへたりを感じなかった。運転席から観たフロントガラスにも特徴があり、大きく両端に向かってカーブしている。一見デザイン性の良さという話になりそうだが、実は左右の視認性を高める作りになっていることも、後々購入してからドライブしていて気がついた。
もう一点、フロントガラスが垂直とは言わないが、かなり切り立ったデザインで、やはり視認性が高い。そして、16Sの全体的なフォルムを真横から観ると、そのフロントガラスの立ち上がり具合からハッチバックの流れるような曲線に独特な美しさがあった。その興奮を抑えつつも内装の状態をチェックしていると、後部座席のレザーシートに小さな破けがあった。お店のスタッフの方に伺ったら、前のオーナーはカメラマンの方だったそうで、機材を車内に積んで移動されていたのだろう。その小さな破れのおかげで、そのクルマの購入を思いとどまることができた。一緒にクルマ探しに付き合ってくれた友人も、よく見ているね、気づいてよかったな、と言っていたので、このクルマを買うのが正解ではなかったのだろう。少し後ろ髪を引かれはしたけれど、その日は16Sの存在を知り、4ドアの選択肢が全くなくなり、本当に欲しい1台に気づくことが出来た大切な1日だった。

この連載は「人生を折り返す前に」と称して、手帳を元に書き起こしたマガジンの基本、無料の記事ですが、もし読んでくださった方が、興味があり、面白かったと感じてくださったならば、投げ銭を頂けると幸いです。長期連載となりますが、よろしくお願いいたします。

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