バイオグラフィー

Biography of Yuria’s NATURAL Life

小さい頃から超料理上手で健康志向の祖母の料理を食べて育ち舌が肥える。
両親の影響で子どもの頃からサプリメントや健康食品に親しんでいたが、外ではジャンクフードやスイーツを好きなように食べ、せっかくの食事バランスを台無しにする。

ひとりっ子だったお陰で生まれた時から自分だけの部屋があったせいか、大人になってからもファッションよりインテリアの方に興味を持ち、上京後一人暮らししてからの趣味は 部屋の模様

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『私のペンネームについて』

私のペンネームは『千屋 ゆう子(せんや ゆうこ)』。

『千屋』という苗字は、本名ではない。

よく「格好付けた苗字だね」と言われてしまうが、決して格好良いと思って付けた苗字でもない。

“千”という文字に惹かれることが多い人生で、『D.Gray−man』という漫画に出て来る『千年公伯爵』が好きだったり、聖書に出て来る『千年統治』という言葉も好き。

『せん』という暑苦しくも清々しくもない響きも良

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17歳でテニスの道を選んだ背景(1)幼少期

無謀とも言える過酷な道を選んだ僕のストーリー

第2回の記載です。まずは自分のことを知ってらもらうために、自分のストーリーを伝えたいと思います。どういう経緯でテニスの道を選んだのかを知ってもらいたいです。最初の投稿を読んでいない方はぜひそっちも読んでください!

1996年3月11日、東京生まれ。双子の兄がいます。

幼稚園はご存知の方もいると思いますが、バディスポーツ幼稚園というスポーツに特化し

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Biography・Discography

Kugutsu( 発音は クグツ )といいます
Eight Panel Records(エイトパネルレコーズ)所属

【略歴】
名古屋にある専門学校HALのマルチメディア学科(現在のWEB開発学科かな?)を卒業したあたりから聴いているだけでは飽きたので、当時ハマってたダンスミュージックを四苦八苦しながら作曲しはじめる。

音楽系SNSの Myspace で行われたリミックスコンテストで
・Swe

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ボランティアということ。その気づきと学びについて。

自分が心身症になって、とても辛かった時期があり、会社を転々として休職を繰り返していた時、ある心の病で2ヶ月入院したことがあった。周りの主治医、看護師、病院の方達にお世話になり、退院した後も転職を繰り返していた。
かかりつけのメンタルクリニックの先生に病後をみてもらいながら、自分の病気が本当は何だろうと病名を知りたくなり、ネットで検索して病識を持ってしまった。かなりつらい気持ちになったが、家族に説明

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心の病と対処療法、今、書けることの幸せ。(最後に)

今、思い出すと、精神科入院というと、外界から檻で隔絶された閉ざされた世界を想像していたが、(実際、院内の美容室で髪を切ってもらったり、コンビニで好きなお菓子を買って食べたり、併設のレストランでカフェラテを家族と飲んだりetc.)至って、内科などとあまり変わりのないような入院生活だった。もうちょっとあまり普通の人が経験できない貴重な体験を書けるかなと思って書き始めたが、膵炎の治療の方が大変だったとい

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心の病と対処療法、今、書けることの幸せ。(2)

築地のクリニックは、最初、どのくらいの頻度で通っていたかは忘れてしまったが、こちらは話を聞いてカウンセリングするというよりは、その時の心身にあった心療内科的な薬での対処療法をおこなってくれる場所だった。あとは睡眠。普通に健康な人でも大切なことだが、良く眠れていますか、という話は再三、主治医からされた。それはよかったと思っている。そのための眠剤は必要だったと思うし、実際、現在でも睡眠の調整のため、眠

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心の病と対処療法、今、書けることの幸せ。

30代を振り返るにあたって、最初に書かなければいけないテーマはこれになった。29の時に心身症になり、会社の産業医の診察を受け、それでは症状が治らず、産業医の紹介で築地のメンタルクリニックに通院することになった。前にもこのnoteに書いたが、新卒で勤めた会社で、オーバーワークと上司のパワハラでヘトヘトになっていた自分は、気力がなくなり、眠れず、食欲が落ち、朝ベッドからどうしても起きられなくなり、出社

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