家族が持ち帰るポスターを一番喜んでいたのは。
シルベスター・スタローンという俳優をご存じだろうか。
日本で大人気になったのは私が小・中学生の頃だったと思う。
当時、父が勤める会社でそのシルベスター・スタローンをCMで起用することになった。
しばらくしてから、
「スタローンのポスターいるか?女子高生から人気で、ポスターありませんか?もらえませんか?って問い合わせがすごいんだぞ。」と父が言った。
その頃の私はスタローンはただの筋肉ムキムキなおじさん、という感覚だったので即、いらないと断った。
父はその後も、いるか?いるか?と聞いてきたが、思春期にかかっていた私は、そんな父を鬱陶しいなと思いながら、いらないよとそっけない返事を繰り返した。
それがある日、スタローンは我が家に現れた。
なにこれ。いらないっていったじゃん。貼らないでよ!と私と妹は抗議したと思う。
しかし。
母は何を思ったのか、洗面所の扉の内側にそのスタローンのポスターを貼ったのだ。
おそらく来客からは見えないところに、という配慮から洗面所内側の扉に貼ったのだろう。
ブーブー文句を言いながらも、母が貼ったポスターだからあえてはがそうと思わなかった。
その日の入浴時。
入浴だから洗面所の扉は閉める。
するとシルベスター・スタローンが私を見ているのだ。
よりにもよって、服を脱ぎ着している私を。
スタローンは困ったことに、完全にカメラ目線だった。
恥ずかしい。
どんな角度にいても、私をじっと見ている。
興味のない筋肉ムキムキおじさんのポスターでも、見つめられるとさすがに恥ずかしい。
私はお風呂から上がって即、母に抗議した。
裸をじっと見られてるみたいでヤだから、あのポスター外してよ!
母はアハハと笑って、それもそうだねぇと言い、それでもしばらくそのポスターはべったりと我が家の洗面所内側に貼られていた。
スタローンはとんだとばっちりだろうが、しばらく父を含む家族5人の裸体をじっと見ていたことになる。
私が就職し、実家から通勤を始めて数年後。
小泉純一郎総理大臣ブームがやってきた。
私が住んでいた県にも来県することになり、県庁前で演説をすると話題になっていた。
それは平日昼間で、もちろん私は仕事中だったが、上司は俺が電話番してるから見てきていいよと言った。
同期の女性と見に行ったが、天皇陛下来県パレードかというくらいの賑わいだったように思う。
その後しばらくして、出張から帰ってきた上司が丸めたポスターを数本持って帰ってきた。
これいる?小泉総理大臣のポスター。
結構な荷物だったと思う。大きいし、長いし。重いし。
わざわざ新幹線に乗ってポスターを持って帰ってきたんだ。
持たされたな、これは。
笑顔でありがとうございます、と言って受け取った。
私はそのポスターを持ち帰り、母に
これ会社でもらったからあげる。小泉純一郎のポスター。と言って渡した。
母はあらっ!と言ってすんなり受け取ってくれたと思う。
数日してその小泉純一郎は母の手により、ででーんとリビングに現れた。
なぜ、リビングに。
元々、来客の少ない家だったが、もしもの時には人目につかないようにという配慮もなくなったか。
その小泉純一郎はナナメ上を見て、未来を見据えたような視線だった。
当時大人気だった総理大臣は私の家族と視線が合うことはなく、実家の白い天井をしばらくの間、見つめていた。
父がかつて勤めていた会社は今では国民的スターをCMに起用している。
私がかつて勤めていた会社は、当時ほとんどCMは打たなかったが、最近人気俳優をCMに起用するようになった。
父も私も今はその当時の会社をとっくの昔に退職してしまっていて、ポスターを手にすることはないけれど。
家族が会社絡みで持ち帰るポスターをいちばん喜んで受け取っていたのは、母だったのかなぁ、と思う。
ほとんどが専業主婦だった母は、スタローンにしても純一郎にしても、目にする時間が長かったはずだ。
実は、ファンだったとか?
母は父や私が持ち帰るものをいつもありがとうと受け取り、飾ったり調理したりしてくれていた。
実家に帰れなくなって、そろそろ2年になろうとしている。
今の実家には何が飾られているだろうか。
とんでもないものがとんでもないところに飾ってあるのではないかと、ちょっとわくわくしながら帰省できる日を楽しみにしている。
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