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ビフォア・ラブストーリー

「これ以上君と仲良くなると僕は君のことを好きになってしまう。だから僕は君と会うのをよそうと思うんだ」そんなことを突然言われたのは、2度目のデートの帰りだった。

デートだと思っていたのは私だけなのかもしれない。1回目はたまたま話題に出た気になる映画を一緒に観に行っただけ、2度目のデート(つまり件の悲劇が起こった回だ)もたまたま話題に出た気になるカフェに一緒に行っただけだ。当然そんなデートをしたい、してもいいと思う程度には好意はあったが、それはまだ好意と呼ぶよりは興味と呼ぶ方がしっくりくるような感情だった。もう少しこんなふうに2人で過ごす時間を重ねれば『好き』になるかもしれない。そういう意味では私もタクミくんと同じ考えだということになるのかもそれない。私はそれを望んでいたが、タクミくんはそうではなかった。そういうことだったようだ。

あまりに唐突なひと言で、私はうまくリアクションも出来ず、しどろもどろになりながら、「あぁ、うん、分かった。ごめんね、ありがとう」とかそんなことを言って、それぞれ別々の電車に乗って別れてしまった。1人で電車に乗ってようやく冷静になった。「さっきのどういうこと?」「私が何か悪いことした?」「別に好きになってもよくない?」矢継ぎ早にLINEを送る。「言葉通りの意味だ」「君は何も悪くない」「悪いのは僕だ」「好きになったら必ず嫌な思いをさせてしまうし、僕もつらい思いをすることになる。だから好きにならないままの方がいいんだ」「ごめんね」タクミくんの言い分はこうだった。さっぱり意味が分からない。悲しみとか戸惑いとかを通り越して腹が立ってきた私は、「もういい」「そんな人だと思わなかった」「もう2人で会うのはやめましょう」と、そんな酷いLINEを叩きつけてしまった。

私は彼にフラれたのだろうか。それとも私が彼をフッたのだろうか。互いの気持ちが恋になる前に、私たちの物語がラブストーリーになる前に、唐突に、あっけなく幕が下りてしまった。しばらく職場で顔を合わせるたびに少しだけ気まずい思いをすることになったが、そのうち私の部署が変わってほとんど会うこともなくなって、この物語は終わりだ。

随分経ってから、タクミくんはいつもこのやり方で相手の気を引いて、食い下がってきた女を取っかえ引っ変えしているのだという噂を聞いた。誠実そうな顔をしてまさかそんな酷い男だったなんて!いい気味だ。私はそんなやり口に引っかかるような安い女じゃないんだよ。タクミくんのことを思い出すたびに今でもムカムカと腹が立ってくる。

……

と、書かれたブログを見つけたのはほんの偶然だった。『タクミくん』だなんて名前にされているが、これは間違いなく俺のことだ。ブログの書き手の名前は『ミユ』。ユミのアナグラムだなとすぐに気がついた。そうか、あの時こんなにもユミちゃんのことを傷つけてしまったんだなと落ち込む。俺はただ人を好きになるということに誠実でしようとしているだけなのに、どうしてこんなふうに人を傷つけてしまうのだろう。こうして僕は恋に臆病になって、いつもラブストーリーの手前で足踏みをして逃げてしまう。いつか俺も一歩踏み出すことが出来る日が来るのだろうか。

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