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物語は落ちていない

毎日こうやって何かを書いているが、毎日毎朝今日は何を書こうかとネタに困っている。物語が落ちていたらいいのに。そんなことを思いながら歩いていると、道端に小さなメモの切れ端が落ちているのを見つけた。何だろうと拾い上げてみる。そこに描かれていたのは下世話で下手くそな落書きと、『セックス』という汚い走り書きだった。やはり物語なんてものはそう簡単に落ちていないものなのだ。心底がっかりした。

クソ忌々しい!男が拾いやがった!卑猥な絵を描いた紙を道端に置いておいて、それを拾った女がどんなリアクションをするか、それをこうやって覗き見るのが俺の趣味だ。それなのに紙を拾ったのは俺と同じくらいの歳の冴えないオッサンだった。何やってんだよクソ野郎。しかしまだこの時間ならもう1枚置いておけばワンチャンあるかもしれない。毎週水曜日の早朝はどこかの大学のラクロス部のやつが朝練のために通るんだ。女子大生が拾ってくれたら最高なのにな……よし、とびきりエロい落書きを描いてやろう。

先週あんなに先輩に怒られたばかりなのに今日も寝坊をしてしまった。グループLINEには連絡したけど、既読になるだけで誰も何も言ってくれない。つらみの極みだ。どうしてこんな早朝しかグラウンドを使わせてもらえないんだろう?ラクロスは楽しいし続けたいけど、早起きしなきゃいけないことだけがつらくて辞めたい。でもそんなバカみたいな理由でやめちゃっていいのかな。せっかくナギサたちとも仲良くなったし、やめたくないなぁ……

やった。現行犯だ。ようやく卑劣な性犯罪者の犯行の瞬間を押さえることが出来た。道端に卑猥な絵を描いたメモが置かれるという情報が寄せられてから3ヶ月。やはり私の読み通り、犯人は近くに住む男だった。市民の平和な日常を壊すやつは許さない。私はこういう犯罪から市民を守るために警察官になったんだ。バーニングジェットを起動させて犯人に飛びかかる。大丈夫、訓練で何度もやったことだ。私なら出来る!

それは一見すると適当なメモの切れ端に描かれたただの卑猥な落書きにしか見えなかった。こんなものに数百万円の値打ちがあるものなのか。こうやって額装して美術館に飾られていなければ、誰も大瀧秀一郎の作品だとは思わないだろう。遅咲きの天才。日本を代表する画家の1人。彼がまだ30代の頃、絵を描き始めるよりもずっと前、仕事のストレスから、卑猥な絵を描いたメモを道端に置くという犯罪行為で逮捕されているのは有名な話だ。これはその時の落書きで、現存する唯一のものなのだと言う。

「私の行為は下劣な犯罪行為でした。しかしあれは、私が自分の絵で誰かの心を衝き動かしたいと願った最初の出来事でもありました。これは私の罪に対する自戒であり、私の原点なのです……」そんな大層な物語がまさか駅前の道端に落ちているだなんて。これを拾った人は幸運だったのかもしれないね。テレビのドキュメンタリーを見ながら僕がそう言うと、結局犯罪は犯罪でしょ?気持ち悪い。と妻は素っ気なく言った。まあそれはそうだ。

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