親父の話 〜こっこ編〜
以前も書いたが、うちの親父は結構パンチが効いている。
今回も幼き頃の親父との思い出について書きたい。
親父はその風貌とは裏腹に甘いものが好きで、特に「こっこ」が好きだった。
「卵かな?ケーキかな?」のCMでお馴染みの静岡銘菓だ。
(ちなみにわたしの見立てでは、卵ではなく、ケーキである)
卵の風味が活きたスポンジケーキの中にクリームが詰まっており、とても甘美味い。
親父はこのお菓子が好きで、何故か“こっこちゃん”とちゃん付けで呼んでいた。
こっこの友達か、お前は。
でも、それだけこっこが好きだったということだろう。
かくいう私も、しょっちゅういろんな所から貰う馴染みのお菓子だったので、まあこっこのことは憎からず思ってはいた。
私が小学生低学年くらいの頃だったと思う。
ある時、親父が農業組合か何かの旅行で東京に行くことになった。
大都会、東京。
まだ静岡県から出たことがなかった幼き私にとって、東京は今よりもずっと遠いところにあった。
ニューヨークやロンドンと同じカテゴリーであり、テレビの中にだけある別世界の都市だったのだ。
そんなところへ、あの親父が行く。
『ベイブ都会へ行く』くらいの事件性と、『おら東京さ行くだ』くらいのグルーヴ感を兼ね備えた一大事だった。
幼心に「親父大丈夫かな…」と心配になったが、一方で「東京のお土産がもらえる!」と喜んだ。
東京のお土産、いったいどんな素晴らしいものだろうか。
具体的には想像できなかったが、光り輝くそのイメージに胸が高鳴った。
親父が東京から帰ってくる日は、気もそぞろだった。
思えば、親父の帰りがあんなにも待ち遠しかったのは、後にも先にもあの日だけだったかもしれない。
そして、ついに親父が帰ってきた。
家の引き戸をガラガラとあけて、「ただいま」と親父が帰ってくるやいなや、私はお土産をせがんだ。
新幹線の中で仲間たちと飲んできたのであろう親父は、上機嫌で酒臭い手荷物の中から「ほらよ」という感じでお土産を取り出した。
そのお土産を見て、私は絶句した。
なんとそのお土産は、見慣れた黄色いひよこの包装紙に包まれていたのだ。
まさかこれは、こっこ…?
そんなバカな。
東京土産に静岡銘菓のこっこ…
どういうことだ。
どう考えても辻褄があわないではないか。
静岡にいても死ぬほど食べる機会があるあのこっこをわざわざ東京旅行のお土産に?
旅行先にちなんだものを買ってくる、というお土産本来の趣旨から考えても、まともな人間の選択ではない。
見慣れた包装紙を破くと、中から見たこともないようなオシャレな東京土産が出てくるサプライズの線も考えた。
しかし、親父がそんな凝ったサプライズを仕掛けてくる可能性よりは、親父がまともな選択をできない人間である可能性の方がどう考えてもはるかに高い。
あからさまに不本意そうな私を見て、流石の親父も察するところがあったのか、こう言った。
「だって、こっこちゃん美味しいじゃん。これが一番いいだぞ(だそ、は方言)」
私は、あの日、こっこのことがちょっと嫌いになった。
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