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物語のタネ その六 『BEST天国 #42』

様々な地獄があるように、実は天国にも様々な種類がある。
現世での行いや悪行により問答無用に地獄行きかが決められてしまうのに対して、天国は自分で選べるのだ。
ここにまた、ある1人の男が死んでやって来た。
名前は、宅見卓朗。享年37歳。
前回は「尾根ぶら天国」を訪れた宅見氏。
さて、今回はどんな天国に?

あらすじ

ミヒャエルのオフィス―――
彼の淹れたコーヒーを飲んでいる宅見氏。
いつもの風景だ。

「相変わらずミヒャエルさんの淹れたコーヒーは美味しいですね」
「ありがとうございます」

天国リストから顔を上げて答えるミヒャエル、嬉しそう。
宅見氏マグカップを両手で包みように持ち、また一口飲んで。

「しかし、天国ってのはニッチな欲望を満たしてくれるもんなんですね。山登りと尾根歩きを分けて考えるなんて思いもしなかったですよ」
「ええ、生きている時に潜在的に思っていたことをさらけ出せる、さらけ出ちゃうのが天国ですからね」
「逆にプレッシャー感じちゃいます」
「?」
「色々な天国を見る度に、私、何か深いものとか無いなって感じるんです」
「あー、はいはい。天国あるあるですね」
「天国あるある?」
「今の宅見さんみたいな気持ちになられる方、結構いるんですよ」
「そうなんですか?」
「生きている時、趣味人に憧れたりしたことあります?」
「ありますあります!で、なんか焦っちゃったりしました」
「それと似たようなもんです。そんな時は・・・」
「そんな時は?」
「あそこ行ってみましょう」
「あそこって?」
「いいからいいから、とにかく行きましょ!」

いつものごとく白い空間―――
しばらくすると、お玉を持ったふくよかな女性がニコニコしながら現れた。

「ミヒャエルさん、お久しぶり。ご飯ちゃんと美味しく食べてる?」
「ご無沙汰してます、ステラさん。はい、なんとか」
「そう、ならいいけど。あら、こちらの方はお友達?」
「いえ、私が今担当させて頂いている宅見さんです」
「はじめまして、宅見です。ステラさん、こちらは一体どんな天国なんですか?」

「ここ?ここはね、“好きな人と美味しいものが食べられる“天国よ」

「好きな人と、と言うと、自分が好きなアイドルやスターと豪華な食事ができちゃう天国ってことですか⁈でしたら、私、実は・・・むぐっ」

お玉の底でそっと宅見氏の口を封じるステラさん。

「ごめんなさい。それはそれで素晴らしい天国なんだけど、ここはそれとは違うの」

そう言うとお玉を宅見氏の口からそっと離すステラさん。

「ぷふわっ。そうじゃないんですか?」
「宅見さん、お母さんのこと好き?」
「あえて言うと照れますが、はい」
「そんなお母さんとご飯食べるの楽しい?」
「意識したことは無いですけど、言われてみれば、はい」
「そう、素敵ね。じゃあ、お母さんとの外食の思い出を一つ教えて」
「そうですね。やっぱり、初任給で一緒に行ったちょっと高い和食屋さんかな。料理、すごく美味しくて。新しいお皿が出て来る度に2人で美味しいね美味しいね、って言ってました」
「お母さん喜んでいらしたのね」
「ええ。そんな母を見てちょっとは親孝行できたかなって嬉しくて。あれは楽しかったな」
「はい、それです」
「それ?」
「美味しいもので好きな人が笑顔になって、好きな人と食べるから益々美味しくなって・・・。そんな幸せの無限ループを感じるのが、この天国なの」「!」
「好きな人と美味しいものを食べると幸せな気持ちになるって、当たり前と言えば当たり前よね」
「はい」
「その当たり前、すごく素敵じゃない?」
「ホント、そうですね」
「宅見さんもどう?」

目を瞑り、うんうんと小さく頷きながら考えている宅見氏。
やがて目を開いて、

「すみません、母との食事を思い出していました。あと、友人達とのことも」
「そう」
「本当に素敵な時間だったんだなって。ああいう時間が自分にエネルギーをくれてたんだって感じました」
「そうね」
「なので、そのエネルギーで天国探しを頑張ろうと思います!」

宅見の顔を見つめるステラさん。
その顔に笑みが広がって、

「素敵なことだと思うわ」

その言葉を受けて宅見氏も笑顔に。

「で、一つ気付いたことがあるんです」
「なに?」
「ミヒャエルさんのコーヒーが、なんであんなに美味しいのかってことに」

ミヒャエルの方を見てにっこりと笑う宅見氏。
ちょっと照れたように肩をすくめるミヒャエル。

さて、次はどんな天国に?


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