06/07/2020:『Restless Dream』

僕 1

いつだって残された者は、そのまま放っておかれて、去っていった人を悪く言うこともできずに生き続けなければならない。突然のことに心も体も奪われ、あたふたと忙しなく過ごしたとしても、その嵐が過ぎ去ったからといって、その事実が消えてなくなることはない。なんでもない時に突然思い出すことは生きている限り一生付きまとう。

風が吹いて、雨が降るように、いつだって。

                 ・・・

家 1

フレンチプレスで4分。タイマーがなったら温めておいたマグカップに注ぐ。今日は平日休みを貰ってゆっくりすることに決めていた。かと言って、前日に飲んではしゃぐことはせず、極めてニュートラルに過ごしたかった。だから、あえて早起きもしたし、洗濯機も回している。

普段飲むコーヒースタンドのエスプレッソは平日休みには似合わない。今日みたいな日は、もっと柔和でなければならないからだ。

曇り空が気になった。これからどうなるだろうか。

居間のテレビをつける。ガヤガヤとしたワイドショーを避け、ケーブルテレビ契約をしている海外のニュース番組にチャンネルを合わせた。

乾いた大地に舞う砂埃。ザラついた液晶画面越しに光る炎。

いつだってこうして誰かがだれかと争っている。でも、僕には関係のないことだと思っていた。

僕はマグカップに口をつけた。

                 ・・・

友 1

彼は私生活がよくわからない種類の人間で、僕は何度か彼のアパートへ遊びにいったことがあるが、TVディレクターをやっているという彼の話を半分冗談のように受け取っていた。ただ、とても忙しくしているようだった。

彼は汚れたコンバースを腐るまで履き続けていた。また、久しぶりに会って飲んだ時も、居酒屋の割り勘をしつこくせびったりもした。不思議だった。別に、クタクタになるまでスニーカーを履いてくれてもいいし、飲み代だって僕が出したって構わない。靴を慈しみ、友人とは対等でいることは大切だ。でも、売れているんだろう?その彼の姿勢ーあまりにも執拗なーが僕を何と無く疑心暗鬼にさせていた。

「戦場に行ってくる。いま残さないともう遅いんだ。」

居酒屋で彼がそう言い出した時は、また始まった、と思う程度だった。

彼は今までも、なんの連絡もなく急に何日か失踪して僕らを騒がせたり、そうかと思ったら、いるはずのないような所の写真を突然寄越してきたりしていた。要するに、よくわからないのだ。

だから、僕は、

「あ、そう。好きにすればいいさ。」

と、だけ答えた。好きにすればいい、と思ってすらいない、非常に無機質な返事だった。

そんな具合なのになぜ僕は彼と連んでいたのだろうか、今だによく分からない。

そしてその夜以降、彼との連絡が途絶えた。

                 ・・・

友 2

「現地に入国してから、連絡がつかなくなりました。」

弁護士と名乗る人間から急に連絡がきたのは3ヶ月ほど前だ。国境を超えてから足取りが負えなくなったらしい。

「あ、そうですか。」

僕は不思議なほど動揺も不安も感じなかった。かと言って、きっと彼は生きているだろう、と強く信じていたわけでもない。

ただ、あ、そうですか、と思っただけだ。

彼が弁護士に頼んで、遺言状のようなものを作成していたこともその時初めて知った。

電話越しに、

「もしもの時には、あなたに連絡を取るようにとお話ししておりました。」

と、弁護士は言う。

「はぁ、そうだったんですね。」

なぜ彼は僕を選んだんだろう。彼とかわした会話を思い出しても、特筆すべきことは見当たらないし、思い出すこともない。僕はただ、途方もなく流れる時間の中の、ある期間を彼と過ごしていた、ただそれだけだった。

彼に悩みを相談したこともなければ、彼の心の奥を覗いたこともない。だから、どうして僕に知らせようとしていたのか。僕はひどく混乱した。

「それで、彼のご家族には?」

「まだはっきりしていないので、ご家族にはお知らせしておりません。」

頭がおかしくなりそうだった。はっきりしていないので、と弁護士は言った。

そのはっきりしていない状況へ僕を巻き込んだことには一切の疑問を抱いていないかのようだった。はっきりしていないからこそ、家族に知らせるべきではないのか。そう弁護士に突っかかった。

「ご依頼主さまより、そう言伝を預かってもおりますので。」

僕は適当に挨拶をして電話を切ると、一度メガネを外して考えた。

こうして彼は何もはっきりさせないまま僕の世界からいなくなった。

                 ・・・

僕 2

残された僕はそれから今まで考える必要のないことまで考えなければいけなくなった。四六時中考えているわけではないが、ただ、ふとした時にこうして思い出すことは僕を戸惑わせ、そして狭い箱に閉じ込めるような気持ちにさせた。

何もない暗闇が僕に抱く期待、僕はそれに応えなければならないのだろうか。

僕は大きな鞄を広げ、これからどうやって暗闇に向かって行こうかと考えた。

そして大抵、そう言った場合の鞄は、思いもよらない荷物で埋め尽くされていくものなんだろうとも思った。

                 ・・・

家 2

コーヒーを飲んでいると、洗濯機が止まりブザーが僕を呼んだ。籐籠に脱水済みの服を入れて、ベランダに出る。

空を見上げて、降らない方に賭ける。

Tシャツは首が伸びないように裾からハンガーを入れる。靴下は必ずペアをみつけて隣同士で干す。柔軟剤の香りが一瞬曇った空を忘れさせてくれる。

その時電話が鳴った。

突っかけサンダルを脱ぎ捨て、受話器を取る。

「おはようございます。先日お話しました件ですが、」

テレビをミュートにした。音のない世界では、相変わらず砂埃が舞い、大きな戦車が炎を上げている。

ベランダから芯の通った朝の風が、洗いたての洗濯物の香りが運ばれてきた。

僕はテレビカメラを担いで走り回る彼の姿を探した。

鞄に何を詰めようか、また考え直さないといけない。

                 ・・・

今日も等しく夜がやってきました。

探したほうがいいのか、そのままがいいのか、時々分からなくなります。

Jack's Mannequinで、『Restless Dream』



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?