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Florilège 川手寛康シェフ 2020/10 Interview (3)

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串がまとめる全力投球

編集部――続いて、デンクシフロリさんについて伺わせてください。オープン前のメディアの記事で、串についてそこまで語られていなかったように思います。「まずは体験してください」というような。実際、その「串」は、必要なのですか?

川手シェフ――えっ、だってあそこから串を抜いたらもう何も残らないです。串があることによって、僕たちがはじけすぎないで済んでいます。

編集部――あ、そういうことなのですね。

川手シェフ――僕と長谷川さんが揃ったら、「何でもうまいもの合わせちゃえ、レッツゴー!」みたいになっちゃいます(笑)。でも、串があることで、いろいろと縛られるんですよ。料理も、精神部分でも、より具体的に想像しやすい。

編集部――お料理だと、食べやすさや、必然性ですか?

川手シェフ――いろいろですね。串をどう生かしていこうか、っていうところがあります。串がないと生まれない料理が、デンクシフロリだと思います。

編集部――お料理以外では?

川手シェフ――結果オーライでしたね。はじめ、焼き鳥屋さんでもいいや、と僕は思ってたんです。でも、真剣に、具体的に想像したときに、それだと僕のよさも長谷川さんのよさも生かせないんじゃないかっていうのが僕はあって、「じゃあ、串料理屋さんでいったらいいかな……」くらいな感じだったんです。これ、本当に冗談抜きで。
でも長谷川さんと話を進めていくうちに、「ふたりのいいところを串でつないでいく」っていうワードが出てきて、その時に、「ああ、もう、これだな」って思って。その言葉に従うように料理を作っていったら、きっといい料理を作れるんじゃないかな、よかった。って、心から思えたんです。

編集部――初めてデンクシさんのお話を伺ったとき、フレンチの「肉の焼き」の強みと和のエッセンスが合わさるとおっしゃっていて、肉の串焼きに限定されているのかなと思っていました。

川手シェフ――はじめはそう考えていました。でもそれだと、どうシミュレーションしても、よさが表現しきれないんじゃないかなという結果に至りました。

編集部――表現しきれないのは、とくにパーソナルな部分でしょうか。

川手シェフ――そうですね。やっぱり、そこの部分が、もったいないっていう気持ちかな。表現できないというよりも。おたがい、全力でふりかぶって投げられるようなものじゃないっていう気がして。今のデンクシフロリって、ふたりともフルスイングしてるのに串の中でうまくまとまるので、いいなっていう気がしています。

編集部――デンクシフロリさんで出されているお料理は、シェフの言葉で言うとどういうものでしょうか?

川手シェフ――今までやりたかったけど、フロリレージュでは提供できなかったものが多々あります。「こんな料理あったら絶対うまいだろうな」って思ってたけど、フロリレージュでは出せないもの。

編集部――出せないのはどうしてですか?

川手シェフ――世界基準まで持ってこれないからです(川手シェフの考える世界基準は(2)「世界に通じる個性とは」参照)。今デンクシで出しているプリンは、僕はめっちゃ好きなんですけど、それが世界と同じレベルにあるかって言ったらそうじゃない。でも好き。っていうものを、思いっきりデンクシフロリに突っ込んだ感じはあります。あそこはもう、僕にとっては、ストレスフリーで料理を作れる場所です。

「デンクシフロリで働きたい」

編集部――お店は今、フロリレージュさんでマネージャーをされていた橋本さんがおかみとして引っ張って行く形になっているかと思いますが、その人選は?

川手シェフ――人選もなにも、本人がやりたいって言うから。

編集部――そうでしたか。

川手シェフ――だって、フロリレージュのマネージャーをやってるのに、デンクシに行けなんて一言も言ってないです。「シェフ、すみません」って言われたときに、「まさか…!」と思って、「デンクシに行きたいなんて言うなよ?」って(苦笑)。

編集部――(笑)

川手シェフ――ここ(フロリレージュのウェイティングスペース)でデンクシについて長谷川さんとかと打合せしているのを、彼女はずっと聞いてるじゃないですか。ああ、なんかこっちに興味を示してるなと思ってて、「(移籍を考えてしまったら)やだなあ」って思ってたんですけど、そしたらあるとき、「私あっちに行きたいんですけど。私に合ってるかなと思って」って。そう言われたときに、「ああ、俺、終わったな。フロリレージュ、終わったな」と思って(苦笑)。

編集部――(笑)

川手シェフ――(橋本)恭子ちゃんはお客さんをつけられる子だったので。

編集部――彼女の魅力ですね。

川手シェフ――かみ合ったときは、強いんですよ。みんなお客さんになっていっちゃうから。そういう魅力があったから、「マジか……新しくいい人、今思いつかないよ……」と思って。でも、デンクシの営業シミュレーションをイメージしたときに、恭子ちゃんが入るっていうのは、デンクシにとってはパーフェクトな選択だなっていうのが、僕としてはありました。だったら、フロリレージュは僕がいるからどうにかなるだろって思って、「じゃあ、長谷川さんには話を通しておくから」って。そうすると、恭子ちゃんを中心に人選を考えていけるっていうところはありました。

編集部――シミュレーションをしてみて、デンクシさんに橋本さんが入るのがいいなと思ったのはどういうところですか?

川手シェフ――あのカウンターでサワーを入れてるイメージ、めっちゃあるじゃないですか? お客さんとしゃべりながら。フロリレージュでワインをついでいるより、そのほうが似合ってるくらいじゃないですか。

編集部――たしかに。シェフは、森田さんが入られましたね。彼に決められたのはどうしてですか?

川手シェフ――森田君には失礼かもしれないけど、タイミングがよかった(笑)。

編集部――えっ?

川手シェフ――もちろんそれだけじゃないです。長谷川さんと僕の唯一のシェフ像、一番大事なものって、年齢でもなければ、給料でもない、技術力でもないんですよね。「デンクシフロリで料理をやりたい」と思ってくれる気持ちが強いかどうかが最重要事項です。それが、森田君は話していて、まさにだなと。「絶対にデンクシフロリで働きたい」っていう気持ちがあったので。

編集部――森田さん、北海道からいらしたと伺いました。それまでは電話でお話しされていたのですか?

川手シェフ――何回も会ってますよ。東京に来てくれて。でも、そんなのでは、なかなかわからない。人事なんてギャンブルみたいなものですから。いくら「いいな」って思っていても、3日でいなくなる人もいるし。でも、今回はいいメンバーが集まったかな……。長谷川さんから「今回はいいメンバー揃いましたね」って、けっこう早い段階でメッセージがきたんですけど、僕、そのときは「だといいのですが」って返したんですよ。だって、わからないから。

編集部――川手シェフと長谷川さん、そういう関係なのですか? かたやポジティブ、かたや注意深いというか。

川手シェフ――僕とは全然違いますよね。考え方が。長谷川さんが正解でもあるし、僕が正解でもあります。信じることはいいことですし、疑うこともいいことだと僕は思っていますから。いいバランスなんだと思います(笑)。

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見守るお店、育てるお店

川手シェフ――長谷川さんと、本当にいろいろ考えてあのお店を作っているから、デンクシを馬鹿にされるとイラッとするんですよね。フロリレージュを馬鹿にされる以上にイラッとするんです。

編集部――(笑)可愛くてしょうがない、ですか?

川手シェフ――本当に、デンクシが可愛すぎる(笑)。Logyとはまた違う思いのお店なんで。

編集部――違う思いとは?

川手シェフ――……デンクシフロリは僕たちのためにあるけど、Logyは(シェフの)諒悟のために作った気がします。諒悟がいなかったらLogyを作らなかったですし。だからこそあっちの経営には首をつっこまないし、もちろん、相談されたら真剣に取り組むし、ピンチがあれば助けてあげたいし助けます。それくらい、デンクシとLogyって自分の気持ちの面は全然違う。

編集部――先ほど伺ったお話では、デンクシさんは、こちらではできない、ご自身のやりたいことをやるお店ということでしたね。

川手シェフ――でも、Logyはそうじゃない。むしろ、諒悟がやりたいことをやらせてあげたい。

編集部――それって、台湾にお店を出すのを決める前からずっと思っていたのですか?

川手シェフ――ずっとと言うか、うーん……もったいないなという気はしていました。うちを卒業して、たとえば東京かどこかでお店を出したとして、難しいんじゃないかという気持ちがあったので。じゃあ、経営としてやっていける勝率が一番高いやり方って何かなって思ったときに、東京じゃなくて、台湾で、フロリレージュのセカンドとして出す。これだったら、勝算としては相当あるんじゃないかなと思ってあっちで出したんです。
僕が必要ならば、一生懸命手伝いますっていうスタンスだけど、実際に軌道にのせたのは諒悟で、結果二つ星までとって、3か月間予約のとれなくないお店になった。

編集部――経営面でも成果を出されたんですね。デンクシさんはいかがでしょうか?

川手シェフ――デンクシは自分たちで育てていきたいお店で、間違いなく100%流行ると絶対的な自信をもってオープンしています。現に、まだメディアに出てないのに(取材時)満席になっています。今はある意味、僕たちのネットの力だけで満席になっているわけですけど。

編集部――メディアの存在意義を考えてしまいます(苦笑)。

川手シェフ――(笑)SNSの強みって、フォロワーの人たちは僕たちに興味があるからフォローをしてるというところで。だから、一番わかりやすくお客さんに訴求できるんですよね。でもそこから先って、メディアの力がないと広がりを見せないから、僕たちにとってメディアって、もちろん重要なんです。「自分たちでお客さんを呼べるから大丈夫」ではない。そこは広く取っておかないと、レストランは毎日満席には絶対できない。メディアに出て、次のステップは海外からお客さんが来て、そこまで来て初めてデンクシフロリは安定するので。まあ、結果的に作戦通り、うまくいってます。

編集部――絶対にうまくいくという自信と作戦とは?

未完成の魅力

川手シェフ――僕たちがいないお店って、相当戦略的に考えていかなければうまくいかないです。たとえば、一号店と二号店があって、どっちを選びます?

編集部――一号店です。

川手シェフ――(笑)みんな一号店を選ぶでしょ? でも、お客さんは、二号店のデンクシフロリを選んでいるんです。今、予約状況を見ても、そう出てる。傳さんよりも、フロリレージュよりもお客さんが今入ってるんですよ。

編集部――どうしてでしょう?

川手シェフ――世論的な部分、「デンクシフロリ」をトレンドワードみたいに感じてもらうイメージ作りが重要だし、本質も重要です。

編集部――オープン前からSNSや媒体で少しずつ発信されていましたね。本質とは?

川手シェフ――実際に行って納得できるか。楽しさ、料理のクオリティ、サービス、ペアリング、お店としてのレベルの高さ、次のリピートにつながる雰囲気があること。そうすれば、こっちから発信しなくても、みんなどんどん発信してくれるだろうなって。「おもしろい」「早速行ってきました」「楽しかった」とか。そういうことをすべて想定しながら準備していきますよね。その中でも一番大事なのは、リピートさせる力をどうつけるかです。

編集部――それはどこがポイントなのでしょうか?

川手シェフ――ファンクラブじゃないですけど、どれだけ「ここのお店を楽しみたい、この先も見てみたいな」という空気づくりをするかです。デンクシなんて、「これ、ぜんっぜんまだ完成されてないな」って感じ、ビシビシ伝わってくるじゃないですか?

編集部――でも、とても楽しかったです。

川手シェフ――でしょ!? 「一年たったら変わってるかも」「ちょっと楽しいかも」って、そう思わせるってすごく重要で。

編集部――完成されていない感じもまた大事ということですか?

川手シェフ――(笑)完成させたいんですけどね。させられないっていうジレンマがあるんですよ。でも、そこは完成されていないからこそできるプレゼンがあって。

編集部――常に変化がありそうな? 粗削りさとか、勢いとか?

川手シェフ――(苦笑)ひとつも誉め言葉が出てこないですね。びっくりしました。

編集部――すみません! そういうつもりではなかったです。

川手シェフ――でもそれがきっと、みんなのモチベーションにつながっていると思うんですよね。料理人って自分で成長するものかもしれないけど、お客さんに育てられる部分が相当あるので。長谷川さんは常にそういうことを、僕よりも口酸っぱくみんなに言うんです。「ファンになってもらわなきゃダメなんだよ」「育ててもらわなきゃダメなんだよ」って。常に言葉にして伝えていくので、そこはすごくわかりやすかったです。僕はあまり言葉にしないので。そういうお店が作れたら、どうやっても負けないだろうって思っています。僕たちがいなくても。

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Fin. 川手シェフ、ありがとうございました!


Florilège
東京都渋谷区神宮前2-5-4 SEIZAN外苑B1
https://www.aoyama-florilege.jp

デンクシフロリ
東京都渋谷区神宮前5-46-7 GEMS青山CROSS B1A
https://denkushiflori.com/

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