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美味しい海苔が育つ豊かな環境づくりのために何が必要か?意見交換会その1


愛知県漁業協同組合連合会 早川明宏 氏

この夏、「伊勢湾・三河湾の海苔文化を未来へ繋げよう」をテーマに、〝美味しい海苔が育つ豊かな環境づくりのために何が必要か?″を、生産者・販売者・研究者のそれぞれの立場からお話していただく、意見交換会を開きました。
2時間半ほどの熱く、濃い意見交換会を、4回に分けて紹介します。 

【参加者のプロフィールを紹介します】

鈴木輝明 氏
名城大学大学院総合学術研究科特任教授を務めていらっしゃる農学博士です。愛知県水産試験場の漁場環境研究部長時から教授職を兼務され、専門は赤潮や貧酸素、干潟や藻場の機能、近年では海の栄養不足といった海洋環境です。
 
早川明宏 氏
愛知県漁業協同組合連合会の業務部次長と販売課長を兼任され、海苔流通センター所長として、県漁連の海苔の共同販売(共販)で海苔のセリと入札を担当しておられます。
 
岩瀬明彦 氏
西三河漁協の海苔の生産者さんです。平成元年(1989年)にお父様と海苔養殖を始め、約5年後に独り立ち。周りを見聞きして生産を続け、10年かけて自分なりのやり方にたどり着つかれたという、ベテラン生産者さんです。
 
河村耕一 氏
野間漁協の海苔生産者さんです。大学卒業後、約9年間のサラリーマンを経て、約18年前にUターン。家業を継ぎ海苔師に。5・6月は刺し網でアオリイカを専門に捕り生計を立てているそうです。
 
社長/坂井克津良
海苔業界40数年の弊社社長は現会長をしている父の弟、私の叔父です。
 
会長/坂井太
約半世紀を海苔業界にいる会長は、毎朝5時から柳橋市場に立っています。
 
司会/自分(坂井宏)

【激減した海苔の実態・実情を、広く世間へ】

 司会:最初に社長から、本日の趣旨をお願いします。
 
社長:去年の秋に鈴木教授の熱い講演を聞きました。愛知の海苔の生産枚数が最盛期の1/5まで減少したその原因は、単に地球の温暖化ではなく他にもあると力説され、とても心に残りました。そのような海苔を取り巻く環境や実情を世間に広く知ってもらいたい。海苔問屋として発信していくことを決め、実際のお話をいただきたいと、本日皆さまにお集まりいただきました。熱い忌憚のないご意見をお聞かせください。よろしくお願いいたします。
 
司会:では海苔の現状の前に、少し昔を振り返ります。会長、お願いします。
 
会長:海苔の養殖方法も、海の様子も、この半世紀で随分と変わりました。
私が子どもの頃、昭和34年に伊勢湾台風がありましたが、その前から飛島村の住まいの近くでは、冬だけ海苔をやる農家の方たちが、寒くなると朝早くから海苔をすいていました。
井戸水を汲んで、海苔を洗って、海苔切り機で切って、手ですいていく。すき上がった海苔は、タコ(障子の桟のようなもの)に刺して干す。最初は裏側を太陽に向けて干して、半乾きになるとひっくり返します。海苔が乾くとき「海苔が鳴く」と言って、縮んで簾から離れるピシッピシッという音を聞いた憶えもございます。
昔は海苔が終わる3月、4月に、海に刺していた竹の麁朶(そだ)を抜いていました。海苔養殖をしていた隣人がその竹を抜く時に、我々子どもたちを連れて行ってくれました。子どもたちは浅瀬で遊んでいたのですが、海中で泳ぐ綺麗なクルマエビの姿や、ハマグリなどの貝が掘れば出てくるという記憶が残っています。

坂井海苔店会長 坂井太

【並ぶ魚が変わった市場で感じること】

会長:市場には毎朝、四季折々の魚が並びますが、私が最も楽しみにしている3月頃に出るコウナゴの釜揚げは、ここ5年ぐらい見なくなりました。並ぶ魚も随分と変わってきたと感じています。
市場ではお客様と接点があり、肌で感じているのは、最近、外国人が非常に増えてきたことです。西洋の方は少ないのですが、東南アジア、特に台湾、香港の方は海苔に興味がある方が多く、味付け海苔や椎茸、だしなどを買っていただいています。
 
司会:では、伊勢湾・三河湾で採れる海苔の現状について、早川さんからお話いただきます。
 
早川:令和4年度の愛知県の生産量は約2億枚で、9割が伊勢湾で、1割が三河湾で採れています。生産量が多かった昭和の終わりから平成の初め頃は、およそ10億~11億枚でした。現在は最盛期の1/5に生産量が減っていることになります。
 
減った理由はいくつかあります。一つは、生産者さんが年々減り、後継者不足から高齢化が進んでいるため。そして、気候変動・温暖化もあります。海苔は冬の産物ですが、冬が短期化し、生産期間が短くなっています。
 
また最近は特に、魚や鳥による食害も増えています。食害の有無で生産量は1~2割変わっています。なおかつ、海苔に限りませんが、海の栄養が乏しくなった貧栄養も影響しています。海の環境が変わり、昔のように量が採れないのが現状です。

【価格と全国認知度が上がった令和4年度】

早川:このような状況でも、令和4年度は約2億枚採れた愛知ですが、国内一の産地である九州の有明海は大凶作に見舞われました。その反動で愛知の海苔の入札価格は非常に高騰、1枚単価が18.31円という実績でした。
ほぼ同じ生産量だった令和3年度が1枚単価11.99円でしたので、平均単価は6.32円上がりました。これだけ平均単価が上がった年は今までなく、昨年度は価格がかなり高騰した年といえます。

国内生産量の6割を誇る九州、特に有明海の成績が非常に悪かったことは、全国に大きな影響を与えました。商社さん、問屋さんとしては海苔を確保しなくてはならず、数が少ない中、入札制度で競合して海苔の買い付けを行います。有明海産の代替えという意味も含め、愛知を含め他県でも海苔の平均相場単価はかなり上がりました。 今まで九州の海苔を買っていた問屋さんや商社さんが、愛知の海苔を買うという傾向があり、初めて愛知の海苔を買ったというお客さんも多くいました。使ってみたら非常に良かったので来年も愛知の海苔を買う、といった声も届いています。今は2億枚しか採れない愛知県ですが、最盛期は実は全国一の生産量を誇っていました。減少傾向になり、愛知海苔ブランドというのを聞かなくなっていましたが、昨年度は愛知に少しスポットライトが当たったかなという印象です。 愛知県の生産組合は、伊勢湾で採れる地区を知多地区、三河湾で採れる地区を西三河地区、東三河地区と区分しています。生産量は浜により異なりますが、主要組合も平均相場単価が非常に良かったので、水揚げ金額はどこも前年度よりもかなり好成績を残し、県全体では前年度と比べると約5割上がり非常に良い成績でした。生産者さんには、令和4年度は良い年だったと思います。

【種類豊富な海苔が採れる、恵まれた県】

 早川:愛知県の海苔の特徴、特色は色々あります。
伊勢湾の知多地区で採れる海苔は、色艶が良く、ご飯に触れることによって香りが際立ち、瀬戸内みたいにしっかりした海苔が採れるため、贈答から業務用と幅広い用途の海苔が採れる浜になっています。
三河湾は、非常に柔らかくて甘みがある美味しい海苔が採れると評判が高い産地で、全国のお客さんから「三河湾の海苔は九州に近い」とよく言われます。
全国一の生産地・九州は家庭向け、上級の海苔が主に採れる産地で、二番目の産地・瀬戸内は業務用の海苔が主に採れる産地ですが、愛知は九州や瀬戸内で採れるような海苔が、一つの県内で採れることが特色になっています。
 
ここまでの話は黒海苔が主体ですが、三河湾の東側の渥美半島では青海苔も採れます。黒海苔も青海苔も採れる愛知県は、本当にバラエティーに富んだ海苔が採れる恵まれた県であり、地元の問屋さんはとても力を入れて買い付けやPRをされています。

野間漁協 河村耕一 氏(左) 

【今年の年明け、業界全体が危機感を持つ】

司会:次は社長から、流通・販売の状況を願いします。
 
社長:令和4年度を中心に、海苔問屋の視点からお話しします。
令和4年の秋に、大手商社さんから「今年の秋の有明海の状況が非常に悪い」という情報を得ました。ただ私どもは経験の中で、環境さえ整えば海苔の伸び足が立ってきて生産枚数は増えるという意識を受け継いできました。今回も状況さえ回復すれば生産は増えるだろう、と思っていましたが、実際には非常に日照時間も長くて雨も降らなかった。高水温のため、海苔の育苗がうまくいかなかったようでした。
 
12月に入札が始まりました。年内は、前年の在庫と今年の海苔の採れ高も含めながら、何とか海況は回復するだろうという有明海の状況をもとに、わりと冷静な形で相場は推移していました。ただし、希少価値である三河湾の青混ぜ海苔は特殊で、一万円以上の値が付きました。
 
岩瀬:ありがたいことです。
 
社長:希少な価値のものにはそれだけの値が付くという表れかと思います。
そして年が明け、本格的な生産と仕入れの時期を迎えましたが、非常に悪い有明海の状況に、全国的な商社さんも含め皆が危機感を持ち、1月からの入札は非常に高くなりました。
 
私どもの通常の見付け(入札価格をつける前の下見)よりも10円以上高い。これが2月の半ばまで続き、特に1月後半から2月の最盛期に最高値をつけました。足元にも及ばない値が付いたわけです。海苔屋というのは、非常に器が小さな市場ですから、資金が枯渇しそうになりつつありました。
 
そんな状況の中、2月後半あたりから海苔が劣化し品質が落ちてきて、少し値を下げたと。3月に入っても有明は回復を見せず、3月後半には有明以外の生産地は前年並みの数量を確保している状況の中で、かなり相場も落ち着き、私どもも手の届く価格になってきた。そんな状況でしたね。

坂井海苔店社長 坂井克津良

【有明が不作でも、安定供給できる海苔はある】

社長:坂井海苔店としては、1月の後半に大手お客様に状況と値が高くなることをFAXでお知らせしました。そして3月に入り値上げせざるを得ないと判断し、4月20日以降、段階を踏む形で値上げをすることをお客様に通達しました。
同業他社の情報を集めながら進め、去年の在庫から今年の新価格合わせ、平均で3割程度の値上げという形でお客様にはご納得いただきました。先ほど所長のお話にありましたように、1枚あたりの全国平均価格が今年は17円台で去年より6円ほど高くなっています。それでいけば到底3割の値上げでは収まらないような販売価格になると思いますが、何とか収めました。
 
大手コンビニのおにぎりの海苔も、知らないうちに有明海産から瀬戸内産に変わりました。なんか海苔が硬いな、前より歯に引っかかる気がするとよく見たら瀬戸内産でした。産地によって海苔は随分と違うものだと、海苔屋としての感覚でしょうが、実感しました。
令和4年度は、大手コンビニもそうせざるを得ない状況だったわけで、そういう意味では有明一辺倒ではなくて、他にも安定供給できる海苔があるということを、大手も理解されたのではないかと思います。
 
早川:大手コンビニのお話が出たので、全国的な需要のことなどを少しお話します。
全国漁業協同組合連合(全漁連)では毎年、海苔の全国目標生産量を掲げていいます。令和4年度の目標生産量は75億枚でしたが、国内の年間海苔消費量は約75億枚という調査結果があり、生産側としてはせめてそれを目標にというのがその数値の根拠です。
 
因みに、令和2年度、令和3年度も生産量は目標生産量まで全然いかなかったのですが、令和4年度は九州の大不作のため、需給バランスがより大きく崩れてしまった。
その影響もあり、輸入海苔、韓国産や中国産の海苔の輸入量が増え、また年々増えていることは一つの流れになっています。国内生産を増やし、国内需要分ぐらいは国内で賄えると非常にいいと思うところです。

——— その2へ続く