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【ミステリーレビュー】神とさざなみの密室/市川憂人(2019)

神とさざなみの密室/市川憂人

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現代における民主主義をテーマに据え、本格ミステリーの文脈に落とし込んだ、市川憂人によるノンシリーズ作品。


あらすじ


政権打倒を標榜する若者団体"コスモス"の広告塔的な存在である凛は、窓のない密室に、両手首を縛られた状態で死体とともに閉じ込められていた。
一方で、隣の部屋では、外国人犯罪者を排斥しようと働きかける"AFPU"のメンバー、大輝が眠らされていて。
死体は顔が焼かれており、正体も死因も不明。
左派と右派、思想的に対立するふたりが、この状況下でどんな行動をとるのか、この状況を作り出した真犯人の狙いは何なのか。



概要/感想(ネタバレなし)


特異な設定から"真の民主主義とは"を問う、新感覚の密室監禁サスペンスである。
過去、学生運動が盛んだった時代背景を設定に取り込んだミステリーには触れたことがあるものの、2019年を舞台にした作品で、となれば話は別。
ネトウヨの集合体的な組織や、サークル活動の延長線上といった学生団体をテーマにしているのは、異質としか言いようがない。
現代では、政治家当人ならともかく、学生運動レベルで思想の違いが殺人動機にはなり得ない、という確信があるからだろうか。
しかしながら、これを書いている時点の社会情勢を鑑みると、民主主義とは何ぞや、という本作のテーマには先見性があったのでは、と思わずにはいられない。
サスペンスミステリーとしてのギミックの豊富さも然ることながら、庶民の立場から、政治に対してどう向き合うかを考えさせられる内容だった。

さて、肝心なミステリー部分であるが、ブラフを上手く使った市川憂人らしい展開。
伏線の回収っぷりは見事といったところで、これでもかというほど視点人物のふたりの内面を描いているにも関わらず、それでも嘘をついているのでは、と疑わざるを得ない状況作りも巧みである。
突っ込みどころは多いが、だからといって面白さが削がれるわけではない。
ある程度は、異常事態に突如放り込まれたことで、正常な判断が出来なかったと目をつぶっておこうか。



総評(ネタバレ注意)


自分の置かれた立場を踏まえて、スマホがあるのに通報しないふたり。
思考プロセスが描写されているので一定の理解はするものの、やはり不自然さは拭えず、ここに引っかかるかどうかで印象が違うのかな、と。
思想が異なるとはいえ、この状況下でどちらかが犯人である、という前提で序盤の口論がはじまるのが、特に解せない部分。
ふたりは犯人によって閉じ込められたうえ、外から鍵を掛けられた、と考えるのが普通ではないだろうか。
どちらも自分が疑われるのを極度に恐れている節があり、何か裏があるのかと思っていたのだけれど、大輝の部屋にも死体があった、だけだとちょっと弱い気はしたな。

まぁ、上記のとおり、パニックによる判断ミスもあるだろう、と割り切ってしまえば、対立するふたりが、思想は曲げないながらも真相に向かって協力体制を敷く流れは、ベタではあるが面白さが加速するポイント。
探偵役となる"ちりめん"氏が、終始謎の存在のまま浮いていて、いつでも寝返ることができる状況だったのも絶妙だ。
結果的に、正真正銘の探偵役だったわけだが、序盤、犯人のモノローグにより、”身代わりの死体"を用意したことが示唆されていたことで、凛の信頼を得ている=神崎の一人二役ではないか、と推測してしまうブラフになっていた。

政治的思想については、右派、左派、それぞれの立ち位置や正義を詳細に書いており、片方を極端に美化しているわけではない。
もちろん、それでも議論が拡散しやすいデリケートなジャンル。
政治に詳しすぎれば付け焼刃的で肌に合わないと感じるだろうし、知らな過ぎてもとっつきにくさを覚えるもので、全方位的な大衆性を得るのは難しいのかもしれない。
ただし、ある程度の教養はあれど、政治的無関心層が多い現代人にとっては、悪くないバランスだったのかと。
主人公への共感はしにくいが、本格ミステリーとしての謎と、自分の政治に対してのスタンス、ふたつの意味で考えるきっかけを与える作品にはなり得るだろう。


#読書感想文 #ミステリー小説が好き

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